「大ちゃん、なんであんな……相手の人、死んじゃうかと思った……」

 大ちゃんは私を一瞥してすぐに目を逸らした。

「怒ってる……よね」
「……怒ってないから、謝らなくていいよ」

 嘘じゃなかった。私は今、哀しいだけだ。
 ひどく冷たい目をした大ちゃんを見たことが、とても哀しかった。

「大丈夫? 痛い?」

 血が滲んでいる頬に向けて伸ばした手を止めて、大ちゃんに触れることのないまま膝に置いた。
 痛そうだし──自分から触れることを、なぜかためらってしまった。

「大丈夫だよ」
「そっか。……落ち着いた?」
「うん」

 小さく微笑んだ大ちゃんに、ほんの少し安心する。
 だけど決していつも通りではなくて、無理に笑おうとしていることは一目瞭然で、とても笑い返す気になれなかった。

「せっかく遊んでたのにごめんね、巻き込んじゃって」
「それはいいんだけど……」

 いや、よくはないのだけど。
 なんて言えばいいのかがわからない。

「よくするの? 喧嘩」

 窺うように問うと、大ちゃんは「たまに」と呟いた。

「なんで喧嘩なんか……」
「わかんない。なんとなく。売られたから買ったってだけ」

 なんとなくっていう表情や口ぶりじゃない気がするのは、気のせいだろうか。

「ねえ、すごい余計な口出ししていい?」
「ん?」
「喧嘩なんかやめなよ。そんなことしたってさ、なんにもならないじゃん」

 わかっている。こんなの余計なお世話でしかないし、私が口出しする権利なんてない。だけど、たとえうざがられたっていい。喧嘩なんてしてほしくない。心配でたまらない。──あの冷たい目も、あまり見たくない。
 どんな反応をされるかとひやひやしていた私に返ってきたのは、いくつか予想していたものとは違っていた。

「嫌いになった?」

 それ、返事になってないよ。
 やっと目を合わせてくれた大ちゃんは、私の頭にこつんと頭を重ねた。
 ずるい人だな、と思った。
 このまま時間が止まればいいのに、とも、思った。

「なってないよ。だからさ、……やめなね」
「よかった」

 さっきよりは自然に微笑んでくれたのに、それでも私は笑い返せなかった。
 至近距離で見た大ちゃんの目は、冷たいというより昏かった。光を灯していなくて、色がなくて、喜怒哀楽のどれなのかわからない。さっきカラオケで家の話をした時の目と似ているような気がした。

 どうしてだろう。
 こんな大ちゃんを見るのはすごく哀しいのに。
 吸い込まれてしまいそうな色のない瞳を、綺麗だと思った。