「またタクシーですか。……ねえ、ほんとに由貴たち呼ばなくていいの?」
「どうせ植木もまだ寝てるだろうし、ほっとこ」

 心の中で由貴に謝って、欲求のままに頷いた。
 とりあえずカラオケに行くことにした。案内された部屋は、テーブルを挟んでソファーがふたつ向かい合っている。なのに大ちゃんは向かいじゃなく私の隣に座った。なんとなくそうしただけかもしれないのに、私はいちいち過剰反応してしまう。
 それからも私たちは、曲を入れずに話してばかりいた。

「大ちゃんってバイトとかしてるの?」
「なんで? してないけど」
「だって、こないだも今日もタクシー使ったって言うから」
「ああ、親が小遣いけっこうくれるだけだよ」
「えっ、お金持ちなんだね」
「まあね」

 羨ましい、と思ったことをそのまま言おうとした私は、口をつぐんでしまった。
 目線を(くう)に投げた大ちゃんの表情からは、嬉しそうだったり自慢げだったり、そういう浮き立つような感情が見えない。

「なにその顔」

 黙りこくった私の頬を軽くつまんで、困ったように笑った。

「家が金持ちって言ったら、みんなに羨ましいって言われるんだけど。そんな顔されたの初めて」
「いや……なんか」

 なんて言えばいいのか、わからなくて。

「変な奴だな」

 また困ったように笑った大ちゃんは、手を伸ばして私を抱き寄せた。その拍子に、今日もまた甘い香りが私の鼻腔をくすぐった。
 なんの香りだろう。香水にしてはそれほど主張が強くなく、ボディミストのような、柔軟剤のような、ふわりと包み込んでくれる感じがする。

「また寂しそうに見えたの?」
「んー、今日は違うかな」

 ──じゃあ、なに?
 反射的に浮かんだ疑問は、口にできなかった。

「おまえやっぱちっちえーな」
「うるさいな。大ちゃんがおっきいんだよ」
「そう? 俺ちっちゃい子好きだよ」

 この低い身長がコンプレックスだったのに、大ちゃんのひと言でそんなのぶっ飛んでしまった。
 緊張で強張っていた肩の力を抜いて、大ちゃんに体を預けた。

 まだ四回しか会っていないのに、どんどん好きになっているのが自分でよくわかる。どんどん大きくなっていくこの気持ちを、私はいつまで隠し通せるだろう。もはや隠せている自信はあまりないけれど、大ちゃんは気付いているのだろうか。
 いっそのこと、今この場で打ち明けてみようか?

 ……いや、無理だ。まだ言えない。
 もう少し時間がほしい。

「そろそろ植木たち呼ぼっか」

 時間を確認すると、ちょうど学校が終わる頃だった。
 大ちゃんといたら、時間が経つのが早すぎる。誘ってくれた由貴には本当に申し訳ないけれど、今日はこのままふたりでいたかった。
 大ちゃんにそう言ったら、なんて返してくれるだろうか。

「また今度、ふたりでゆっくり話そうね」

 私の心を見透かしたように、大ちゃんは優しく微笑んだ。
 大ちゃんが好きだ、と思う。
 会っている時も、会っていない時も。
 きっとこれからも、どんどん好きになっていく。