うまく喋れているだろうか。涙で大ちゃんの顔が見えない。

「今まで本当にありがとう」

 大ちゃんは困っているだろうか。
 ううん、大ちゃんなら、きっと。
 きっと、笑ってくれている。

「世界で一番愛してた。だから──」

〝さようなら〟

 出かけた言葉をぐっと呑み込んだ。
 もう強がりはやめよう。
 私が最後に伝えたいのは〝さよなら〟なんかじゃない。

「またいつか……何年も経って、うちらがもっと大人になってさ。私も結婚して、お互い子供もいたりして。いつか、懐かしいねって、そんなこともあったよねって、笑って話せるようになったら……また会いたいな。何年かかるかわかんないけど、また会いたい」

 大ちゃんに会うのは、これが本当に最後になる。
 何度目の最後だろうと自分でも突っ込みたくなるけれど、本当に本当に、これが最後。たとえまた奇跡が起こっても、もう追いかけてはいけない。もう自分の気持ちだけで引き留めたりしない。
〝最後になる〟んじゃない。前に進むために、〝最後にしなきゃいけない〟んだ。

「だって私たちさ、なんか切っても切れない縁じゃない?」

 だから、笑ってさよならをしたかった。
 前に進める約束を、したかった。

「……うん。約束する」

 大ちゃんの顔を見なければいけないと思った。
 ちゃんと、大ちゃんの姿を目に焼きつけておきたかった。

 俯いて、深呼吸をして、手の甲で涙を拭った。
 顔を上げると、大ちゃんは大きな手で目元を覆っていた。
 手の隙間から流れる、かすかに差し込む街灯に照らされたひと筋の光。
 ──大ちゃんの、涙。

 ごめんね。
 大ちゃん、ごめんね。
 たくさん悩ませてごめんね。
 たくさん苦しませてごめんね。
 泣いてばかりでごめんね。
 泣かせてごめんね。
 最後に大ちゃんの涙を見られたこと、嬉しく思ってごめんね。
 大好きだよ、大ちゃん。

「約束、してくれる?」

 小指を差し出すと、大ちゃんが小指を絡めた。

「約束するよ。俺嘘つきだけど……この約束は絶対守りたい」

 大ちゃんも、きっとわかってくれている。
 これが最後のさよならだということも、私の最後の嘘も、私の想いのすべても。

 絡めた小指をほどき、そっと手を重ねる。
 それはケジメであり、言葉にならない想いのすべてであり、今の私たちにできる最大の愛情表現だった。

 大ちゃんの手は、相変わらず冷たかった。
 だけど、今までで一番、温かかった。

「絶対に、幸せになってね」
「うん。菜摘もね」

 大ちゃんの幸せを、誰よりも願っている。
 大ちゃんが願ってくれるなら、私はきっと幸せになれる。

「またね」
「うん。またね」

〝さよなら〟だけはどうしても言いたくない。
 私はやっぱり、大ちゃんが言うその言葉が一番好きなんだ。

 だから、もう会えない君へ。
 私の最後の愛を。