だけど時間は止まらない。必ず進んでいく。
だから、もう立ち止まってばかりじゃだめだ。
「あのね、大ちゃん」
大ちゃんと過ごした日々は、ちっとも過去になっていなかった。
たったの五か月じゃ、私には全然足りなかった。
だけど、大丈夫。私はちゃんと言える。
今度こそ、覚悟はできている。
この二年間ずっとできなかった、大ちゃんとさよならをする覚悟が。
「私、全部知ってるよ」
「全部って?」
「大ちゃんが言ってた、いろいろ」
結婚式のパンフレット見たから、と付け足すと、大ちゃんは「そっか」と呟いた。
「大ちゃん、ごめんね」
「なんで菜摘が謝るんだよ」
「大ちゃんが悩んでたこと、なんにも気付けなかった」
いつだって大ちゃんは、私の些細な変化に一早く気付いてくれた。
たくさんたくさん、大ちゃんに救われてきたのに。
私は大ちゃんの大きな変化に気付けなかった。
「いいよそんなの。……俺も、ちゃんと言えなくてごめん」
「ううん。謝らないで」
私が大ちゃんの変化に気付けていたら、あんなに寂しそうな顔をさせずに済んだだろうか。この昏く綺麗な瞳には、もっと鮮やかな色が灯っていただろうか。もっともっと、たくさんたくさん、心から笑ってくれただろうか。
「俺……もうとっくに、菜摘に忘れられてると思ってた」
なにを言っているんだろう。
そんなのありえないのに。こんなにも、大ちゃんが好きなのに。
思い返してみれば、大ちゃんってけっこうネガティブかもしれない。
大ちゃんは知らないのだ。
自分がどれだけ人に愛されているのかを。
「忘れてないよ。忘れるわけないじゃん」
絶対に忘れない。大ちゃんを忘れた日なんて一日もなかった。
大ちゃんを想った日々も、大ちゃんがくれた言葉も、絶対に忘れない。
「そっか。よかった。……俺もさ、菜摘のこと忘れた日なんてなかったよ」
「……ほんと?」
「ほんとだよ。これからも、一生忘れない」
目を細らせて、私の頭にそっと手を乗せる。
あんまり優しく笑うから──私は結局、せっかく順調に我慢できていた涙をこぼしてしまった。
君がいつも笑っていてくれたから、私はいつも笑顔になれた。
寂しい時も、苦しい時も、君の笑顔に救われた。
ずっと願っていた、心のどこかで信じ続けていた奇跡が起きた。
もう大丈夫。きっと前に進める。また歩き出せる。ちゃんと伝えられる。
最後に──後悔しないように。
「あのね、大ちゃん」
「ん?」
「私ね、大ちゃんのこと、ほんとにほんとに大好きだったよ」
「うん……ありがとう」
「大ちゃんと出会えて、ほんとにほんとに幸せだった」
「うん……」
「私にとっても、大ちゃんが初恋だったよ」
大ちゃんをしっかりと見たいのに、涙が邪魔をする。
涙を止める術は相変わらず見つからない。
いつだって、大ちゃんが止めてくれたから。笑顔にしてくれたから。
「あんなに人を好きになったの初めてだった。大ちゃんだからだよ」