「いや、違うよ、これは……」
自分の隠していた本質を鈴夏に見られたような気がして、僕は無意識にあとずさっていた。
次の瞬間、何かが床に落ちる音。
「……あっ」
あとずさった際に肘が当たってしまい、その反動で僕のサイコロが床の上に転がった。
八面体はまっすぐに転がると、鈴夏の足元へと近づく。
「あれっ?」
まっさらな面に気づいた彼女の声。
僕のサイコロは彼女の視線の先で、よりにもよって真っ白なままの『大切な友達』の面が上を向いて止まった。
「……これは、その、ええと……」
僕は言葉に詰まる。
鈴夏は落ちたサイコロをヒョイと持ち上げると、何も描かれていない面をじっと見つめた。
彼女はサイコロを手に取ったまま、絵が描かれた他の面を軽く見回し、それから再び白紙の面を見つめる。
「ねえ、結人くん、これ――」
「ち、違うよ! これはそう、うん。空白が僕の美学なの、ほら、無駄なものを排除した禅の精神とかよく言うじゃん!」
頭の中も真っ白になった僕の口からは、とっさに出てきた意味不明な言い訳が飛び出す。
鈴夏はあわてふためく僕を気にせずに言った。
「結人くんのサイコロ、少しさびしいようだね。この私で良かったら、代わりに何か描いてあげよう。私、絵は得意なほうだから」
鈴夏の言葉に、僕はなんとか平静を取り戻して答えた。
「……『大切な友達』の面を? でも、そんなことしたら鈴夏さんの絵だってことが一瞬でわかるよ」
僕の言葉に、鈴夏は一瞬考えてから言い直した。
「じゃあさ」
鈴夏は机のほうへと歩み、僕にサイコロを渡すと奥から別の八面ダイスを持ち上げた。
「――二人で一緒に描く?」
と鈴夏は冗談っぽく笑う。
それは、鈴夏自身のサイコロだった。彼女の作品を見て、僕は驚いた。
絵柄もイラストの中身も違う二つのサイコロに、たった一つだけ、同じ面。
鈴夏の『大切な友達』の面は、白紙だった。
それから鈴夏はため息をついて窓の外、野球部の声出しが始まったグラウンドのほうを見る。
「大切な友達って、何なんだろうね。私には本心でそう思える人は一人もいないし、嘘で誰かを描くのは失礼な気がする」
「!」
その言葉に、僕は彼女の横顔を焼き付けるように見つめた。
僕と同じことを考えていた人がいたなんて。
そして、それが鈴夏だということに驚いた。
鈴夏は大切な友達の存在で悩むようには見えなかった。彼女はいつも仲間に囲まれていて楽しそうだった。
鈴夏は投球練習の始まったグラウンドから目をそらした。
「異性として好きになれなくて、代わりに『大切な友達だよ』って言うしか無かった。
クラスの皆もそう。仲良くしてる分、言わないといけないときがある。
けど、私は誰かを傷つけないための嘘すら、良心が痛まずには吐くことができないみたい」
マウンドに上るピッチャーは、鈴夏と休み時間によく話していた男子だった。
「――なんてね。こうやって思う自分自身も偽善者みたいで、さらに嫌になる」
思えばこの時、僕は今まで完璧に見えていた彼女の、誰も知らない不器用さを初めて見つめていた。
「前から思ってた。私と結人くん、結構似てる」
鈴夏は手を伸ばすと、再び自分のサイコロを差し出して見せた。
それから、僕が右手で持つサイコロの白紙の面の上に、自分の未完成の面を手のひらごと重ねた。
「――だから、もしここに描くのが結人くんなら、この面をきちんと埋められる気がする」
そう言って、彼女は改めて提案する。
「――良かったら、描いてもらえない? その――、お互いのイラストを」
自分の隠していた本質を鈴夏に見られたような気がして、僕は無意識にあとずさっていた。
次の瞬間、何かが床に落ちる音。
「……あっ」
あとずさった際に肘が当たってしまい、その反動で僕のサイコロが床の上に転がった。
八面体はまっすぐに転がると、鈴夏の足元へと近づく。
「あれっ?」
まっさらな面に気づいた彼女の声。
僕のサイコロは彼女の視線の先で、よりにもよって真っ白なままの『大切な友達』の面が上を向いて止まった。
「……これは、その、ええと……」
僕は言葉に詰まる。
鈴夏は落ちたサイコロをヒョイと持ち上げると、何も描かれていない面をじっと見つめた。
彼女はサイコロを手に取ったまま、絵が描かれた他の面を軽く見回し、それから再び白紙の面を見つめる。
「ねえ、結人くん、これ――」
「ち、違うよ! これはそう、うん。空白が僕の美学なの、ほら、無駄なものを排除した禅の精神とかよく言うじゃん!」
頭の中も真っ白になった僕の口からは、とっさに出てきた意味不明な言い訳が飛び出す。
鈴夏はあわてふためく僕を気にせずに言った。
「結人くんのサイコロ、少しさびしいようだね。この私で良かったら、代わりに何か描いてあげよう。私、絵は得意なほうだから」
鈴夏の言葉に、僕はなんとか平静を取り戻して答えた。
「……『大切な友達』の面を? でも、そんなことしたら鈴夏さんの絵だってことが一瞬でわかるよ」
僕の言葉に、鈴夏は一瞬考えてから言い直した。
「じゃあさ」
鈴夏は机のほうへと歩み、僕にサイコロを渡すと奥から別の八面ダイスを持ち上げた。
「――二人で一緒に描く?」
と鈴夏は冗談っぽく笑う。
それは、鈴夏自身のサイコロだった。彼女の作品を見て、僕は驚いた。
絵柄もイラストの中身も違う二つのサイコロに、たった一つだけ、同じ面。
鈴夏の『大切な友達』の面は、白紙だった。
それから鈴夏はため息をついて窓の外、野球部の声出しが始まったグラウンドのほうを見る。
「大切な友達って、何なんだろうね。私には本心でそう思える人は一人もいないし、嘘で誰かを描くのは失礼な気がする」
「!」
その言葉に、僕は彼女の横顔を焼き付けるように見つめた。
僕と同じことを考えていた人がいたなんて。
そして、それが鈴夏だということに驚いた。
鈴夏は大切な友達の存在で悩むようには見えなかった。彼女はいつも仲間に囲まれていて楽しそうだった。
鈴夏は投球練習の始まったグラウンドから目をそらした。
「異性として好きになれなくて、代わりに『大切な友達だよ』って言うしか無かった。
クラスの皆もそう。仲良くしてる分、言わないといけないときがある。
けど、私は誰かを傷つけないための嘘すら、良心が痛まずには吐くことができないみたい」
マウンドに上るピッチャーは、鈴夏と休み時間によく話していた男子だった。
「――なんてね。こうやって思う自分自身も偽善者みたいで、さらに嫌になる」
思えばこの時、僕は今まで完璧に見えていた彼女の、誰も知らない不器用さを初めて見つめていた。
「前から思ってた。私と結人くん、結構似てる」
鈴夏は手を伸ばすと、再び自分のサイコロを差し出して見せた。
それから、僕が右手で持つサイコロの白紙の面の上に、自分の未完成の面を手のひらごと重ねた。
「――だから、もしここに描くのが結人くんなら、この面をきちんと埋められる気がする」
そう言って、彼女は改めて提案する。
「――良かったら、描いてもらえない? その――、お互いのイラストを」