和歌子は、今までこの学校をよりしろとして存在してきた座敷わらしだ。
 座敷わらしは、古い家に住み着く子供の妖怪。
 見た目は四、五歳から十五歳くらいまでと、その年齢はばらばらだ。中学生、ぎりぎり高校生くらいの見た目の和歌子は、座敷わらしの中でも上のほうだった。
 和歌子は、お屋敷や旅館の代わりに、学校という建物を「家」と認識して、誕生した。
 和歌子自身、自分を形づくっているのはこの旧校舎だと分かっていた。
 そして、旧校舎が無くなれば、自分は存在できないことをひしひしと感じていた。
 工事が始まるのは夏休みの真っ最中。
 期限は三週間後の夏祭りの日まで。
 それまでに、『幸運のチカラ』の持ち主を探さなければならなかった。
 和歌子は頭の髪飾りに手を触れる。
 幸運のクローバーのデザインで、枠だけがついた銀色。本来なら緑色の葉が四枚ついているはずだが、まだ一枚も集まっていない。
 和歌子が知っているのは、幸運のチカラの持ち主と協力してこの葉っぱを集めれば、自分の本体が校舎から解放されるということ。
 和歌子はチカラの気配が校舎を出ようとしていることを察知して追いかける。
 どうやら今日、その幸運のチカラが、たった今、一人の男子生徒に発現したばかりのようで、和歌子はその男子生徒のことを必死に追いかけていた。
「結人さん……! 加澤結人さん……!」
 渡り廊下で名前を呼んだ。届かないとわかっていても叫んでしまった。
 このままでは自分は「消えてしまう」。でも、問題はそこじゃない。このまま自分が何もしなければ、「学校の関係者全員に不幸が降りかかる」。
 でも、このクローバーさえ集まれば。そうすれば、座敷わらしが棲み着いていた家から去ることによる『代償』も起きない。
 そう思って、今日まで必死に『幸運のチカラ』の持ち主を探していた。
 和歌子の棲む、歌扇野高校に入学する生徒の中に、そのチカラの持ち主は現れることになっていた。
 この幸運のチカラというのが厄介なもので、和歌子単独では、未来予知の能力を発揮することができない。
 そのため、不幸を解決して四枚の葉を集めるためには、チカラを持った生徒の協力が必要だった。
 誕生から歳月を経て、座敷わらしとしての力がようやく成熟し、和歌子がこの髪飾りの意味に気づいたのはほんの最近、たった十年前のことだった。
 さらに悪いことに、五年前に旧校舎の取り壊しが決まって、踏んだり蹴ったりだった。
 だから何年も必死に、幸運のチカラを持つ生徒を探していたが、期限ギリギリの今に至るまで収穫が無かった。
 それが今日、突如として一人の男子生徒にチカラが発現したため、必死になって彼を追いかけていた。
 和歌子の呼びかけにその男子生徒――結人は玄関で一瞬足を止めたようだったが、再び歩き出した。