「俺、姉さんに頼みたいことがある」

蛍琉が何かを決意した目で、まっすぐこちらを見つめている。

「何?」

「俺をもう一度、記憶の世界に入らせてほしい」

蛍琉の頼みは、私からこれまでの話を全て聞いた上でもう一度、夏川くんと一緒に記憶の世界に入りたいというものだった。

正直、私は困惑した。理由を尋ねる私に、蛍琉は自分の思いを語った。

過去の世界でもう一度、当時の出来事に向き合って自分自身で決着をつけたいということ。蛍琉の記憶を見たことで、蛍琉と共に苦しんでしまったかもしれない夏川くんを、今度は自分が過去から救いたいということ。それから

「ちゃんと過去の世界で、過去の俺の姿で、夏川に謝りたい。ごめんって。過去にいるあいつごと、今のあいつを救いたい。 烏滸(おこ)がましいかもしれないけどさ。それで、あいつともう一度、心から笑い合えるようになりたい」

「蛍琉、さっきも言ったでしょ」

「……?」

「ごめんじゃない。もちろん、それも伝えないといけない言葉だけど。まずはありがとうって、蛍琉が笑いなさい。誰かを笑顔にしたいなら、まずは自分が笑うんだよ」

「……うん」

私は決めた。迷いがなかったわけじゃない。これまでに、目が覚めた被験者をもう一度記憶の世界に送るなんて、そんなことをした試しはない。何か、不測の事態が発生する可能性だってある。

でも、それが他でもない、蛍琉の願いなら。

姉としては聞き入れてあげたいと思った。

研究者としてではない、これは一人の姉としての、桜海凪咲、個人の私情だ。