――四年前、四月九日――


 昨日、大規模な入学式を終えたばかりの大学のキャンパス内は、まだその喧騒の跡をあちこちに残している。道という道を埋め尽くしていた部活やサークルのビラ配り担当者の数が、今日は道がある程度見えるくらいに減っただけましかもしれない。

それでも、まだそこかしこに紛れ込んでいる彼らは、しっかりと道行く人々に目を光らせていた。

広場にセットを組んでイベントをしているのは放送部。イベントにゲスト参加することで勧誘活動に勤しんでいるのは軽音サークルやクイズ研究会。セット横の食堂を利用してお菓子を配っているのは料理研究会か。それともこんな時しか料理をしない、食べ歩きサークルか。仮設テントでは文芸部や漫画研究会が文芸誌を配っている。

新入生はすぐ分かる。キャンパスに馴染み切っていない雰囲気が、どうしてもこちらに伝わってくるのだ。周りをキョロキョロしてもいようものなら、ビラやら菓子やら得体のしれない創作物やらを持ったハンターに即刻狩られてしまう。

あ、また一人捕まった。

そんな様子を、俺は大学図書館二階、窓際に設置された席からぼんやりと眺めていた。


 “あいつ”に再会したのは、そんななんでもない日のことだった。いつも通りの、でも、学生としてはもう二度とない、春の日のことだった。

「おい、蒼馬ぁ」

その声に軽く肩が跳ねる。それは、俺がずっと忘れられなかった名前。

あっきーこと東明人が、同じく窓際に設置された一つの席に近づいていくのが見えた。ちなみにあっきーと呼んでいるのは俺だけらしい。

彼とは高校で知り合い、俺が途中で転校したことで一度別れた。しかし高校卒業後に進学した大学が偶然同じだったから、俺たちは入学してしばらくした頃、校内でばたりと再会したのだ。


 俺の進学した大学はいわゆるマンモス大学で、学部も理系から文系まで多種多様。抱える生徒数が多いため、キャンパスは三つに別れている。学部によっては学年変動と共にキャンパスの移動もあった。

そんな大学で、あっきーは生命科学部生命化学科、俺は芸術学部音楽学科に所属していた。そうして各々学ぶ内容は違ったが、一年、二年とキャンパスが同じだったから、気づけば昔よりもよくつるむようになっていた。

三年生に上がってからは一度、あっきーとキャンパスが別れてしまったが、四年生になると結局俺も彼と同じ所へ移ったから、いずれまた校内で会うことになるだろうとは思っていた。

そしてそこにはあっきーだけではない、“あいつ”もいると、俺は彼から聞いていた。

「あぁ、疲れた。お前も手伝えよな。こんな空調効いた極楽空間でさぼりやがって」

「お前もさっきまでビラ配りさぼって料理研のクッキー食べてただろ。見えてたぞ」

突然聞こえた懐かしい声に、息が詰まりそうになる。二人がいる席に目を凝らすと、本を片手に自分の横に設置された窓を指さしているあいつが見えた。

「あ、バレた?」

「丸見えだ」

「いやだってさ、見ろよあの面々。料理研究会は美女揃いだぞ! そんな彼女たちの料理を無償で食べられる機会なんてそうそうない! だろ?」

「だろっていわれてもなぁ」

「お前興味なさそうだもんなぁ。少年、青春を無駄にしてはいけないぞ」

あっきーはそのまま“あいつ”、《夏川蒼馬》の肩をぽんと軽くたたいて歩き去って行った。

「もう少年って歳じゃないっての」

そう呟きながらあっきーの去っていった方をしかめ面で見つめる夏川の横顔を見た時、言葉にならない感情が一気に俺の中で湧き上がってきた。

突き動かされるような衝動のままに、気づけば席を立っていた。

「確かに、もう少年じゃないな」

そう声をかけた時の蒼馬の表情を、俺は鮮明に覚えている。

「蛍琉……?」

間抜け面。そう、すごい間抜け面だ。

「うん、俺だよ。雪加蛍琉くんです」

「は?……なんで」

「なんでここにいるかって? それは俺がここの学生だからだよ。あっきーとはもうずっと前に再会してたし、お前がここの学生だっていうのも知ってた」

「俺は聞いてないし知らなかった」

「あっきーには言わないでって言ってたから。あ、あいつを責めるなよ?」

「なんで」

「なんでなんでって、久しぶりのお前は質問ばっかりだな。それしか言えなくなったのか?」

久々の感動の再会なのに睨まれた。夏川はわりと綺麗な顔というか、まぁ、つまり顔が整ってるから睨まれるとこわいんだよな。

「ごめんって。いや、俺さ、あっきーからお前もこの大学にいるって聞いて、四年生になったら同じキャンパスになることも知ったんだ。それでなんとなくさ、漠然と俺たちやっぱり運命なんだなって思ったんだよ。で、それなら自然に会えるまで待ちたいなって思って」

ヘラリと笑って顔の前で手を合わせてみる。蒼馬は俺の笑顔に弱い、はず。すると彼は「はぁ」とでかいため息をついて一度目をつむった。眉間を指で摘んで、しばらくそのまま。何かを思案したあと、それから再び目を開けて、その瞳に俺を映す。

「相変わらずわけ分からないな、お前。もういいよ。とりあえず、久しぶり」

そう言って彼が律儀に手を出してきたのが面白くて、俺はそれを掴んでぶんぶん振り回してやった。

「久しぶり、夏川」

これが数年越しの、俺、雪加蛍琉とあいつ、夏川蒼馬の再会だ。