夏川(なつかわ)くん、今どんな気持ち?」

古びた蛍光灯の光だけが、ぼんやりと周囲を照らす薄暗い廊下。降り積もる静寂を破る唯一は、前を行く桜海(おうみ)先輩のヒールが床を鳴らす音。カツン、カツンと小気味良い音を響かせるそれは、彼女の歩みに合わせ、規則正しいテンポで刻まれていく。

「どんな、と言われましても」

「もう。しゃきっとしなさいよ、しゃきっと。遂に独り立ちの日が来たっていうのに」

白衣を身にまとった先輩がこちらを振り向く。セミロングの髪が、その動きに合わせてふわりと揺れた。

「まぁ、緊張するのも分かるけどね。私も最初はそうだったなぁ。懐かしい」

「先輩も緊張とかするんですね」

真顔で返すと苦い顔をされた。再び前に向き直った先輩が、大袈裟にため息を吐く。そのあとに続いた「可愛くないなぁ」という言葉は聞かなかったことにしよう。数秒の沈黙を挟み、なお俺からのレスポンスがないとみると、先輩はまた一方的に、言葉を続けた。

「でも安心して。初心な後輩くんのために、最初の“担当被験者”は私がきっちり吟味して選んだから」

「桜海先輩が選んだんですか」

思わず聞き返してしまう。それなら安心だ、と特に自信を持ってそう思わせてくれないのがこの先輩だ。

「うん。さ、着いたよ」

話しているうちに目的地に到着した。扉の横に取り付けられたセンサーに、首から下げたIDカードをかざす。ピピッという軽快な音と共にロックが解除された。重苦しい開閉音と共に目の前の扉が開く。桜海先輩が俺の正面から数歩、横に体をずらし、片手で研究室の中を指し示した。

「さ、中の彼にご挨拶。被験者番号141、雪加蛍琉(せつかほたる)くんです」

廊下と同じく薄暗い研究室の中央に置かれた、無機質で、堅そうな鉄製のベッド。そこに静かに横たわる彼の姿を見た時に、心臓が、止まるかと思った。



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この物語は、俺、夏川蒼馬(なつかわそうま)と、彼、雪加蛍琉(せつかほたる)の“二度目の”再会から始まる。