スイとのファーストコンタクトは南小学校1年生の6月だった。20分休みに友達とサッカーをして教室に戻ると、別の友達が騒いでいた。禁止されていたトランプを持ち込んだり、授業中にふざけたりする悪ガキ仲間。ノートを投げてパスして遊んでいたようだった。
「あっ、紅星だ! パス!」
いきなり俺の方にノートが飛んできたので、咄嗟にキャッチした。
「ナイスキャッチ! 次こっち投げろよ」
「返してよぉ」
近くで泣いていたのがスイだった。大人しいスイとは話したことがなくて、自由帳の表紙には「かどくらすいせい」と書かれていて、そこで名前を知った。何か面白いものでも描かれているのかと思って何ページかめくってみると、当時兄貴の学年で流行っていたカードゲームアニメ「ビーストカード」のモンスターカードのイラストが描かれていた。小学1年生にしては破格の上手さだった。
「返してくださいお願いします」
この頃の俺は楽しく遊ぶことしか考えてなくて、別にいじめられっ子を助けてやろうとかそんな正義感はなかった。ただ、好きなアニメを知っている奴がいることが嬉しかった。
「なあ、これお前が描いたの?お前もビーストカード好きなの?」
「うん、おねがい、返して」
「お前すごいな! こんなに描けるんだったらカード自分で作れるじゃん!」
自由帳をスイに渡してやった。その時、俺の頭に一つの案が浮かんでいた。
昼休み、給食を食べるのが遅いという理由でスイはまた俺の悪友に絡まれていた。
「ちょっとお前ら邪魔!俺、こいつに話あるんだけど!」
スイは驚いていた。みんなは、「紅星が言うなら」とちりぢりになった。
「翠星さ、ビーストカード持ってんの?」
「ううん。お母さんがダメだって」
親はカードを買ってくれないし、お小遣いだけではとてもデッキは作れない。どこの家も同じなのだろう。
「だよな! 俺も母さんが高いからダメだっていうんだ。だから俺たちでカード作って遊ぼうぜ。今日の放課後みんなでカード作らねえ?」
梅雨入りして外で遊べない日も多い。ババ抜き大会もマンネリ気味でそろそろ刺激が欲しかった。それにはこいつの力が必要だ。
「うん……やる」
「じゃあ約束な! ほかにもビーストカード好きなやつはみんな来いよ! 俺はドッジボールやりにいくから翠星も食い終わったら来いよ」
俺が校庭に行こうとするとスイは初めてはっきりした声で呼び止めた。
「紅星くん、ありがとう」
放課後、俺とスイの他に3人が集まった。スイがイラストを描き、残りのメンバーでテキストを書いた。あとは職員室でコピーして量産するだけ。
「コピー機の使い方分かるやついる?」
「僕、使えるよ」
スイは機械に強く、馬鹿な俺たちの代わりに先生たちの目をかいくぐって職員室のコピー機を操作した。俺達はその間囮役をしていた。結局囮役の一人がヘマをしたせいで全員捕まったが、コピーは間に合い、紙の没収も免れた。
「コピー機を勝手に使ったのは僕です。紅星くんたちは悪くありません」
20分休みに泣いていたのが嘘みたいに、凛とした態度で俺たちを庇った。結局全員で怒られたけれど、この一件で俺はスイに一目置き始めた。呼び方が「紅星くん」「翠星」から「こーちゃん」「スイ」に変わるまで時間はかからなかった。
不良だった俺はスイの母親にとんでもなく嫌われていた。大人の前では優等生を演じていた4つ上の兄貴と違って、取り繕うほどの頭脳がなかった俺は完全な問題児だった。真面目だったスイは俺とつるむようになってから一緒にイタズラをして先生に怒られるようになったし、夜まで連れまわしていたりしたから印象が悪いのは仕方ない。俺の母親もスイを毛嫌いしていたのでお互い様だと思った。理由はスイの家庭環境にあった。
スイは私生児だった。スイの母親は何かの国家資格を持っていて零細企業を経営する我が家より金持ちで、スイはクラスで1番頭が良かった。未婚のシングルマザーのくせにと古い頭の母の鼻についたのだろう。父親や兄貴も俺がスイと遊ぶのはよく思っていなかったと思う。兄貴の場合は違う理由だけど。
「弱っちそうなやつとつるんでるとお前まで舐められるぞ」
と言われたことがある。その時だけは尊敬していた兄貴に「死ね」と言い放った。
大した家柄でもないのに面倒くさい母親だった。父の会社・深海工業の元手は大昔に父方の祖父が当てた宝くじの当籤金だというのに。言ってしまえば、成金の出来損ないみたいなものなのに。
そんなわけで家族ぐるみの付き合いからは程遠かった俺たちは一緒に撮った写真がない。転校直前にスイはケータイを買ってもらっていたから、流れ星の下で指切りをした日に1枚写メを撮ったけれど俺の手元にそれはない。
「あっ、紅星だ! パス!」
いきなり俺の方にノートが飛んできたので、咄嗟にキャッチした。
「ナイスキャッチ! 次こっち投げろよ」
「返してよぉ」
近くで泣いていたのがスイだった。大人しいスイとは話したことがなくて、自由帳の表紙には「かどくらすいせい」と書かれていて、そこで名前を知った。何か面白いものでも描かれているのかと思って何ページかめくってみると、当時兄貴の学年で流行っていたカードゲームアニメ「ビーストカード」のモンスターカードのイラストが描かれていた。小学1年生にしては破格の上手さだった。
「返してくださいお願いします」
この頃の俺は楽しく遊ぶことしか考えてなくて、別にいじめられっ子を助けてやろうとかそんな正義感はなかった。ただ、好きなアニメを知っている奴がいることが嬉しかった。
「なあ、これお前が描いたの?お前もビーストカード好きなの?」
「うん、おねがい、返して」
「お前すごいな! こんなに描けるんだったらカード自分で作れるじゃん!」
自由帳をスイに渡してやった。その時、俺の頭に一つの案が浮かんでいた。
昼休み、給食を食べるのが遅いという理由でスイはまた俺の悪友に絡まれていた。
「ちょっとお前ら邪魔!俺、こいつに話あるんだけど!」
スイは驚いていた。みんなは、「紅星が言うなら」とちりぢりになった。
「翠星さ、ビーストカード持ってんの?」
「ううん。お母さんがダメだって」
親はカードを買ってくれないし、お小遣いだけではとてもデッキは作れない。どこの家も同じなのだろう。
「だよな! 俺も母さんが高いからダメだっていうんだ。だから俺たちでカード作って遊ぼうぜ。今日の放課後みんなでカード作らねえ?」
梅雨入りして外で遊べない日も多い。ババ抜き大会もマンネリ気味でそろそろ刺激が欲しかった。それにはこいつの力が必要だ。
「うん……やる」
「じゃあ約束な! ほかにもビーストカード好きなやつはみんな来いよ! 俺はドッジボールやりにいくから翠星も食い終わったら来いよ」
俺が校庭に行こうとするとスイは初めてはっきりした声で呼び止めた。
「紅星くん、ありがとう」
放課後、俺とスイの他に3人が集まった。スイがイラストを描き、残りのメンバーでテキストを書いた。あとは職員室でコピーして量産するだけ。
「コピー機の使い方分かるやついる?」
「僕、使えるよ」
スイは機械に強く、馬鹿な俺たちの代わりに先生たちの目をかいくぐって職員室のコピー機を操作した。俺達はその間囮役をしていた。結局囮役の一人がヘマをしたせいで全員捕まったが、コピーは間に合い、紙の没収も免れた。
「コピー機を勝手に使ったのは僕です。紅星くんたちは悪くありません」
20分休みに泣いていたのが嘘みたいに、凛とした態度で俺たちを庇った。結局全員で怒られたけれど、この一件で俺はスイに一目置き始めた。呼び方が「紅星くん」「翠星」から「こーちゃん」「スイ」に変わるまで時間はかからなかった。
不良だった俺はスイの母親にとんでもなく嫌われていた。大人の前では優等生を演じていた4つ上の兄貴と違って、取り繕うほどの頭脳がなかった俺は完全な問題児だった。真面目だったスイは俺とつるむようになってから一緒にイタズラをして先生に怒られるようになったし、夜まで連れまわしていたりしたから印象が悪いのは仕方ない。俺の母親もスイを毛嫌いしていたのでお互い様だと思った。理由はスイの家庭環境にあった。
スイは私生児だった。スイの母親は何かの国家資格を持っていて零細企業を経営する我が家より金持ちで、スイはクラスで1番頭が良かった。未婚のシングルマザーのくせにと古い頭の母の鼻についたのだろう。父親や兄貴も俺がスイと遊ぶのはよく思っていなかったと思う。兄貴の場合は違う理由だけど。
「弱っちそうなやつとつるんでるとお前まで舐められるぞ」
と言われたことがある。その時だけは尊敬していた兄貴に「死ね」と言い放った。
大した家柄でもないのに面倒くさい母親だった。父の会社・深海工業の元手は大昔に父方の祖父が当てた宝くじの当籤金だというのに。言ってしまえば、成金の出来損ないみたいなものなのに。
そんなわけで家族ぐるみの付き合いからは程遠かった俺たちは一緒に撮った写真がない。転校直前にスイはケータイを買ってもらっていたから、流れ星の下で指切りをした日に1枚写メを撮ったけれど俺の手元にそれはない。