「なんで海なんだ?」

 疑問を胸に押し留めておく事が出来なくなって尋ねてみると、橘は海の方を向いたまま答えた。

「オレ、よくこの時間にここに来るんだよね」
「え、一人で?」
「そう。一人で」
「一人でって、おまえ……」

 大丈夫か?という感想は寸前で飲み飲んだものの、残念ながら表情の方に表れていたのだろう。失礼な事考えてんだろと、橘は不貞腐れながら小さく笑った。

「まぁその通り。一人で来てるとただの寂しいやつだけど、でも二人だったらさ、それは思い出になる訳じゃん」
「……思い出」
「一回来てみたかったんだよねー、友達と夜の海。高校の思い出作りに」
「いや、青春か」
「あ! その単語わざわざ出すなよ恥ずかしい! 言わないようにしてたのに!」

 全く分かってねーな、いっつも思うけどデリカシーがないんだよな、なんてブツブツ文句を言う橘に、普段俺に対してそんな事思ってたんだ、とつい笑ってしまった。確かに俺、割と口に出すタイプだし、デリカシー無いかも。

「じゃあ今日は思い出作りとして、普段は? 一人でここ来て何してんの?」
「……全く包み隠さず言うと、うおーって叫んでる」
「……は?」
「うおーって叫んでる。こんな感じ」

 そう言うや否や、間髪入れずに橘は「うおー!」と、恥ずかしげもなく夜の海に向かって叫び、俺はギョッとして身を引いた。まさかと思うくらい本気のうおー! だったからだ。
 大きく深呼吸するように息を整えると橘が俺の方を向いた訳だけど、その時の橘の顔がドヤ顔だった事にも驚いた。どうだじゃない。

「今日はこれを結城君にやってもらおうと思います」
「は? 嫌だよ!」
「そもそもなんでオレがこんな事を始めたかというと、それは心がスッキリするからです」
「いや、聞いてないし……」

 やれやれと、これはもう俺が折れる時間だと察して口を閉じた。ひっそりと諦める覚悟をしつつ、橘の語りに耳を傾ける。

「この真っ黒な海に向かって心の中のモヤモヤを吐き出すと、オレの中に生まれた嫌な物が引いていく波に乗せて沖に出て、そのまま海の藻屑となって消えてくれるような、そんな気がするからです」
「…………」
「だからオレは心に何か溜まった時、それを上手く言葉に出来ないから代わりにうおー!って叫んでます。それがオレの悩んだ時の解決方法」
「……あー、なるほど」