俺は普通だ、とにかく普通。一般的な男子高校生。橘と同じようにバイトをすればそうなれるって訳でもない。俺と橘は性格が違うし好む環境が違う。俺には俺の毎日があって、橘には橘の毎日がある。

「聞いてよー、オレミスっちゃってさー」
「うん」
「団体の予約入ってんと店内の雰囲気違ってさ」
「うん」
「昨日めっちゃ進化したなって思う事があって!」
「……うん」

 それに不満は無いし、問題も無いと理解しているはずなのに。段々と橘の話にどう相槌を打っていいのかも分からなくなって、言葉がカチカチに固まっていくような不思議と立ち合う毎日を繰り返している。それがとても息苦しい。

「なんか、最近元気なくね? 大丈夫?」

 眉根を寄せた橘に覗かれて、つい顔を逸らす。

「いや別に、いつも通りだけど」
「…………」

 あ、なんか今の俺、嫌な感じだったな。

「ごめん橘、俺ちょっとなんか、」
「よし! じゃあ今日の夜は自転車でコンビニ集合!」
「……は?」

 急な提案に意味が分からなくて橘を見ると、奴は俺の顔を見てにっこり笑った。

「遊び行こう! 前回は結城君プロデュースの映画鑑賞だったので、今回はオレプロデュースでいこうと思います!」

 そして、「じゃ、バイトあがったら連絡するから待ってて」とだけ言うと、俺の予定なんて聞きもしないで奴は仲間の元へ戻っていった。
 バイトあがったらってだいぶ遅い時間だろ……まぁ他に予定も無いんだけど。

 断ろうと思えば断れた。けれど、俺の中にその選択肢はこれっぽっちも無かった。だってあの橘が一体どんな事をするつもりなのか、俺には全然想像も付かなくて、それがとても楽しみだと心の中では感じていたから。


 時刻は二十二時を過ぎた所。約束のコンビニ前で待機していると、「おまたせ!」とやって来たバイトあがりの橘と合流し、先を行く奴の後ろで同じように自転車を漕いでいく。どこに行くのか尋ねても橘は教えてくれなくて、着いてくれば分かるからの一点張りだった。


 ——ザザーン、ザザーン……

 塩辛い風に乗って波の音が聞こえてくる。道の途中から海の方へ向かっているなと気づいたけれど、まさか本当に目的地が海だったなんて。
 十五分程漕いだ自転車を砂浜の手前に停めると、橘は迷わず波打ち際まで進んでいくのでそれに続いた。濡れてしまうギリギリのラインでピタリと止まる。足元には真っ黒な海水が押しては引いてを繰り返し、波模様を作っていた。
 隣を見ると橘が遠く海の先を眺めていて、同じ様に海の先を見てみるものの、俺の目にはそこに波の形しか見当たらない。特にこれといって特別なものはないように思うけど、橘は飽きずにぼんやりと遠くを眺めていた。