信号を渡った先に集合場所のコンビニが見えてきた。そろそろお別れの時間だ。

「……じゃあ、一緒にやめる?」

 そう言って振り返った橘は、真っ直ぐな瞳で俺を見ていた。


 ——この時告げられた橘からの言葉が、今もずっと頭から離れない。
 なんでも無い顔をして、「なんてね。びびった?」と笑ったから、また何かの冗談なんだと俺は思った。

 ……けれど、思えばその日から少しずつ変わっていったように思う。

 俺が橘を見ている限り、奴は変わらず充実していて楽しそうな毎日を送っていた。学校に居る、俺の前の橘はそう。でもそんな中、段々と橘は学校を休む日が増え、授業をサボる様になっていった。
 なんでそんな事をするのかと尋ねても、橘は一言、「やりたい事を考えてる」とだけ答えるので俺もそれ以上は聞けなかった。だってそれは橘が今を一生懸命生きている証拠だと、あの海では橘が、ファミレスでは俺が、お互いに教え合った言葉だったから。  

 つまり、橘の中で今大事な事をしている最中で、それに学校生活は不要だという事なのだろう。俺の前で変わらない橘に安心する気持ちはあったけれど、橘の中で何かが変わっていっているのがひしひしと伝わってきて、ずっと言いようのない不安が心の中に影を作っていた。橘は、どんどん先へ進んでいく人だから。どうしようかと相談してくれない事で、俺は一人置いてけぼりにされている様な気持ちだった。

 ——そしてある日の事。橘がパタリと学校へ来なくなったと思ったら、学校をやめたのだとクラスメイトと一斉に先生から伝えられた。

 慌てて連絡を入れたものの、数日経っても橘からの返事はなく、既読の印がつかないという事はきっとブロックされているのだろうと悟った。

 俺との繋がりを経って、橘は消えたのだ。橘の仲間達もそうなのだろうと思っていたら、どうやら今働いているらしいという情報を彼ら持っていて、橘から伝えられた人が居るのだと知った。
 俺には、何も言わなかったのに。橘の中の俺はそういう話をする仲では無かったという事か。でも橘は俺に一度それらしい話をした。あの海の帰り道に一度だけ、橘は俺に尋ねたのだ、学校をやめようかなと。それにやめない方が良いと答え、寂しいと俺は伝えた。それで橘は俺に言ったんだ。

 “じゃあ一緒にやめる?”

 もしあの時、俺がそれに頷いたのなら。もしかしたら違う今があったのかもしれない。でも、俺は学校をやめられる?
 ……やめられる訳が無い。俺は学校をやめたいと思ってないし、やめるほどの何か大事な事がある訳でもない。そんな軽々しい気持ちでなんてやめられない。でも、あいつはやめた。あの日を境に何かが変わり、あいつだけがやめた現実がここにある。

 俺はどうすれば良かったんだろう。