「不安に決まってるよ。だってさ、今はどうやって変えていこうか考えてる途中なんだから。そりゃあぼんやりしてるしはっきりしないし、不安で悩むけど、それがちゃんと明日の為の今を生きてる証拠なんじゃないの?」
「……!」

 あれ? もしかして橘の言ってるそれって……

“その無駄に意味を作るのが今日で、それが明日になるから無駄にも意味がある……っていうか。つまり、意味は無駄な昨日から生まれて、それを今日の俺が明日に変える、みたいな”

「今悩んでんなら結城君の毎日はちゃんと明日の為にあるよ、だから大丈夫」

 「自分で言っといてもう忘れたの?」と、橘は肩をすくめて笑うので、バツが悪くなった俺も同じ様に小さく笑った。
 その通りだった。橘に偉そうに言っておいて、すっかり忘れてしまっていたのだ。あまりにも自分と違うと気付いてしまって、橘と自分を比べて勝手に焦って、勝手に卑屈になっていた……俺って、すげーダサい。

「うおー!」
「!」

 ザザーンと、波が打ち寄せてくる。足元の寸前まで寄って来た波が、また真っ黒な海へと帰っていくのをジッと目で追っていた。一緒に流されて消えてくれ、ダサい俺。
 目も当てられないくらいダサかった訳だけど、それも今ここで明日の為になった。明日の為になったのなら、きっとそれは良い事だったはず。俺の毎日に必要なものだったはず。
 そう受け取り方を変えてみれば不思議と心は穏やかで、今はもうなんだかスッキリとしていた。俺の中の自分の毎日への不安……橘への変な嫉妬心みたいなものは、綺麗さっぱり無くなっていて、今あるものと言えば、変わるきっかけをくれた橘への大きな気持ち。

「……橘、ありがとう」
「いえいえオレは何も」
「これからはどうせ悩むなら前向きに悩むわ、おまえみたいに」
「……あれ、そういう話だったっけ?」
「そうだよ。俺、おまえの事尊敬してるから」

 俺の言葉に目を丸くした橘は、ふんっと顔を背けると、「でもやっぱり海に叫ぶのは痛いよな」なんて言いながらニカっと笑った。思いっきり叫びあったのに、ここに来ての裏切りは酷いと思いながら俺も笑った。来た時と違い、今の俺の目にはキラキラと光る水面が綺麗に映った。


 さて帰ろうかと、どちらが言い出した訳でも無く、自然と二人で自転車へ戻ると夜道を走り出す。なんだか清々しい気持ちだった。ずっと今この瞬間が続けばいいのにとガラにもなく思ったけれど、あともう少ししたらまた明日がやって来る。一つ進んだ、新しい明日だ。

「あーあ、明日も学校だなー」
「…………」

 そんなお決まりの台詞の後、暫しの沈黙。次に「あのさ」と口を開いたのは橘だった。

「もしオレが学校辞めようかなって言ったら、結城君はオレに何て言う?」

 風に乗って前を行く橘から聞こえて来た問いに、え?と、思わず尋ね返した。急に何の話だと、どんなテンションでそんな事を言っているのか分からないから、どう返せばいいのかすぐに言葉が見つからなかったのだ。けれど、橘からそれ以上の言葉が返って来ない。先を行く橘の表情は見えないまま、風と夜の街の音だけが耳を横切っていく。

「……えっと」

 どうしよう。なんて言ったら良いんだろう。
 やめようかなって言った? 学校を? 橘が?
 それに俺は何て答えるかって聞いた?

「……やめない方が良いって言う」

 だってまだ入学して一年経ってない。普通に考えてじゃあなんで入ったの?って話だ。これから先の人生においても絶対に高校は卒業した方が良い。……でも、なんだろう。それ以上に、伝える為に湧き上がってくる感情。

 橘が、学校をやめる?

「……寂しいだろ」

 それが、今の俺が答えられる言葉だった。