「うわ、なんで出来んの? ヤバすぎ」

 返ってきた俺の答案用紙を覗き込んだそいつは言った。そして意味分かんね〜的な意味合いをもつ言葉を言ったと思うんだけど、俺の耳には入ってこなかった。だってその時にはもうプツンときてたから。

「勉強しに学校来てんのに出来ない方がヤバいに決まってんだろ。ちゃんと勉強してる奴なめんのだるいからやめろ」

 その瞬間、教室内にシンと音が消えた様な静寂が訪れて、ピンと張った緊張感に包まれる。皆、まるでとんでもない事を犯した人間を見る様な目つきで俺を見ていた。それから恐る恐る答案用紙を覗いた奴の方へと視線を移していく。
 一体どんな反応が返ってくるのか、クラス中の大注目を浴びる中、そいつは言った。

「ほんとだわ、俺だるっ」

 あっけらかんと、目をまん丸にしてそいつが俺の言葉を受け入れた瞬間が、俺とそいつ——橘が、親しくなるきっかけだった。



「結城君〜宿題分からん〜」
「はいはい。どれのどこ?」

 俺の姿を見掛けるや否や、お決まりの台詞と共にやってくる橘にやれやれと溜息をつく。橘が元居た場所には彼の派手な仲間達がたむろしていて、その中の数人と目が合うとそろってこちらに手を振ってくるのでひらひらと振り返した。まさか、あの一件からこんな風になるなんて。むしろこう、イジメの標的みたいな事になるんじゃないかと思ったから、次の日にはとんでもない事をしてしまったと内心ドキドキしたものだ。

 なんせ橘といったら完全なる一軍男子である。普通の俺からみても完全にそう。素行不良というか、真面目とは正反対みたいな見た目と態度で、何故か発言権がめちゃくちゃあるのは仲間が多く、そこに尊敬の念があるから。そういう奴らって縦と横の繋がりでみんな知り合い、みんな仲間みたいなつるみ方をしてるから(偏見かもしれない)、そこに楯突いたとなれば酷い目に合うのではと思った自分は間違いでは無かったはず。

 それがどうだ。何故か今、俺は彼らと挨拶する様になり、橘に至ってはかなり懐いてくるようになっていた。何が起こったのか分からないというか、何が起こるか分からないものだと思う今日この頃である。

「結城君はさ、いつも何してんの?」
「あー、ゲームとか」
「とか?」
「えー? あと何だろ。これ趣味とか聞いてんの?」
「じゃあそれで」