合格発表後、功一は走って帰ったが、時既に遅し。玄関で待ち構えていた母親は功一がドアを開けるなり平手打ちした。
「先生から電話で聞いたわよ! あんたいったいどういうつもり?」
 三島はいち早く合否をインターネットで確認していて、功一の合格を目にするやいなやお祝いのつもりで功一の家に電話をかけた。口止めをしておけば良かったが、後悔先に立たず。
 いつもは帰りの遅い父親も帰って来ていて、殴られる功一をただただ見ていたが、やがて口を開いた。
「功一、母さんに謝りなさい」
「待って、話聞いて」
「謝りなさい」
 有無を言わさない雰囲気で、父親はいつになく険しい顔をしていた。
「美大には辞退の電話を入れたが、そんなことはどうでもいい。合否ではなく、勝手に受験したこと自体が問題なんだ」
 功一にとっては、「そんなこと」ではなかった。奨学金はお金持ちの親が進学を許可してくれない場合を想定していない。親が学費を出してくれなければどうしようもないのだ。夢を理解してもらうために一縷の望みに懸けて、土下座でも何でもして一生のお願いをするつもりだった。しかし、その機会すら与えられなかった。
「勉強の息抜きのつもりで、絵を描くことも許してあげたのよ! お義父様にもお義母様にもちゃんと功一は勉強してるのって何度も嫌味言われても、好きにさせてあげてたでしょう! なのにどうしてそんな親不孝するの! なんで紗理花も功一もお母さんの言うこと聞いてくれないの! お母さんを困らせて楽しいの? こんなことするならもう絵なんて描くんじゃありません!」
 母親は功一を何発も殴った。殴られた顔よりも心の方が痛かった。
「功一、聞き分けなさい。お前は紗理花と違って頭がいいんだから」
 そう吐き捨てた父親は言い訳をする間すら与えなかった。時代錯誤で周囲からの評価ばかりを気にしている母に反対されても、もしかしたら父はいざとなれば味方になってくれるかもしれない。そんな淡い期待は打ち砕かれた。
「ごめんなさい」
 良心が寝静まった後、世界に絶望した功一は自室の勉強机に置いてあったカッターを握りしめた。そして……。