「浩一》さん。浩一さんっ」
私は強い声で浩一さんの名前を呼んでいた。
しかしその問いかけに浩一さんは答えない。だから何度も何度も浩一さんの名前を呼んだ。
浩一さんのまぶたがゆっくりと閉じていく。だけど浩一さんは笑っていた。どこか嬉しそうに私へと微笑んでいた。
浩一さんの想いはもう感じない。伝わってこない。
浩一さんの心はもう消えそうになっているのだろうか。嫌だ。そんなのは嫌だ。
「浩一さんっ、どうして。どうして笑っているんですか。約束したじゃないですか。一緒に、一緒に死んでくれるって。私はまだここにいるのに、どうして笑っているんですか」
私は取り乱して、ただ話しかける事しかできなかった。
心が読めない。見えない。
いやだ。なんでなの。どうして見えないの。私には力があるはず。心が見えるはずなのに。
浩一さんが見えない。感じられない。
なぜ。なぜなの。どうして。感じられないの。
私の心に絶望だけが残されていく。
隣にいる真希さんの気持ちは伝わってくる。困惑した気持ちと、後悔の気持ち。そして苦しい想い。だけどどこかで同時に救われた想いを覚えていることも。
自分で刺しておいて勝手すぎる。私は思う。
いや。私だってわかっている。彼女には本当は責任なんてない。彼女の意思ではなくて、残留思念のせいだってことはわかっている。
私自身が彼女に触れたことでその思念を読み取っていた。黒く苦しく重く辛い。そんな想いを抱え込みながら、彼女はまだそれでもぎりぎりのところで踏みとどまっていたんだ。
麗奈さんを刺した時も、愛さんを突き落とした時も。彼女本人は必死で抑え込もうとしていた。ずっと耐えていたんだ。だから被害は大きくなかった。でも私はそんな気持ちを知りながらも、ただ我が身可愛さに彼女を避けていたんだ。
私は耐えられなかった。ほんの少し残留思念を読み取っただけで、すぐにその場で動けなくなってしまっていた。彼女はそれほど強い感情に抗い続けていたんだ。私に何を言う権利があるのだろう。
私はなんて弱い人間なのだろう。なんて醜い人間なのだろう。
いまこうして私を救ってくれようとした人ひとり守る事が出来なかった。
浩一さんと一緒なら、未来を変えられる気がした。私の力と合わせれば何とかなるんじゃないかって。そう思っていた。
なのに結果は浩一さんを苦しませてしまった。
そして浩一さんの心が聞こえない。
「浩一さんっ、浩一さんっ。いかないで。いかないでください。どうして、どうして私なんかをかばったんですか。私はひどい女なのに、浩一さんがあんなに大事に思っている麗奈さんが傷つけられるかもしれないのに、私は逃げたんですよ。どうしてそんな私の為に死ななきゃいけないんですか。いやだ。戻って、戻って来てください」
私の声はだけど届かない。浩一さんはぴくりとも動こうとはしなかった。
真希さんも倒れた浩一さんをじっと見つめていた。自らの招いた事態に愕然として息を吐き出していた。
「浩一……」
真希さんが浩一さんを呼ぶ声に力はない。
残留思念に押されるようにして真希さんは動いていた。だけど私はその中に彼女自身の想いがあったから、こんな結果になった事も知っている。彼女自身に麗奈さんを、そして私を厭う気持ちがあったから、真希さんは残留思念に抗いきれなかった。
でも私にそれを責められる権利があるだろうか。彼女はそれでも抗おうとしていた。自分の心の中で必死で戦っていたんだ。そして彼女は私と同じように苦しんでいた。
私に何が言えるだろうか。私は彼女から逃げた。だから浩一さんがこんな風になってしまったのに。
「私が、殺した」
真希さんはぽつりとつぶやく。自分のしでかしてしまった出来事に愕然として困惑していた。
残留思念の影響は完全になくなっていた。いま伝わる気持ちが本来の真希さんなのだろう。
たぶん私が触れた事によって、私の方に残留思念を吸い込んでしまったのだと思う。私は長く触れた相手の記憶を吸い込んでしまう。
だけど本当の意思でなくて、残留思念に過ぎない想いは私が拒絶したことで、そのまま散ってしまって消えてなくなったのだと思う。私が母を拒絶して、その意思を壊してしまったように、
私が母を。
そこまで考えて、すぐに私はあることを思いついていた。
そうだ。それなら浩一さんを救えるかもしれない。
私の中でその想いが弾けていた。
「浩一さん!!」
私は浩一さんを強く抱きしめていた。そしてそのまま強く目をつむる。
私は触れた相手の記憶を読み取る事が出来る。それは触れる場所が多ければ多いほど強い力になる。
その記憶はむしろ魂に近いものだと、私は感覚的に理解していた。
そしてそれを受け入れた時、私という人間は消えてなくなって、相手の意識だけが残ることになると。
かつて私はそれを恐れて母を拒絶してしまった。母はその反動のせいで壊れてしまった。
だけど私が拒絶しなければ、きっと私の中に浩一さんが残るはずだ。
それしか私には浩一さんを救う方法が思いつかなかった。
「浩一さん、私の中に来てください。私の中に。私が私で無くなってもいい。だから、だから」
私は必死に叫んでいた。こんな風に感情をあらわにしたのは、いつ以来の事だっただろうか。母を壊してしまった時だろうか。それとももっと前の事だっただろうか。
浩一さんに想いを吐露したことで、私はずっと救われていた。一人で抱え込んでいた気持ちが溶けてしまったかのように思えた。
もちろんそれだけで全ての苦しみがなくなった訳じゃない。
でもずっと苦しかった。辛かった。叫びだしたかった。なのにできなくて、私は心を閉ざす事でしか生きる事ができなかった。
それを救ってくれた。私は確かに浩一さんに救われたんだ。
だから、だから。
浩一さん。こんどは私が助けますから。私の中に入ってきてください。
私が未来を変えて見せます。浩一さん。きっとそうしたらずっと一緒にいられますよね。
「消えてなくならないで!」
私はただ叫び続けていた。
だけど、私の想いとはうらはらに浩一さんと触れているのに、浩一さんの記憶が、魂が流れ込んでくる事はなかった。
どうして。どうして。
まだ浩一さんは死んでいない。まだ息を漏らしている。心臓だって動いている。なのになんで私の中に浩一さんはやってこないの。
「浩一さんっ、浩一さんっ、浩一さんっ」
何度も何度も名前を呼ぶ。
なのに答えはなくて、ただそれだけしかできなかった。
いやだ。いやだ。
いやなの。もういやなの。こんな風に私のせいで誰かが苦しむのは嫌なの。
「浩一さんは、私を受け入れてくれましたよね。こんな醜い力のある私でも、浩一さんは認めてくれた。そして私を守ろうとしてくれましたよね」
私はただ一心不乱に語り続けていた。返事はない。それでも浩一さんにただ話し続けていた。
「それどころか、私に好意を寄せてくれていた。こんな風に純粋に心を向けてくれる人は、他にはいなかった。いなかったんです」
私の事を認めてくれた。心が読めると知っても恐れなかった。
私の事をただ純粋に救おうとしてくれた。
そんな人は今までいなかった。それだけで私は救われたんです。
「私、嬉しかった。もうずっとわからなかった。この力を認識して以来、ずっと感情を殺して生きてきたんです。そうしなければ耐えられなかった。だけど浩一さんは私に感情を取り戻してくれた。私が忘れていた気持ちをいくつも思い出させてくれた。だから浩一さんに未来を見せてほしいと思ったんです」
私のブラウスが浩一さんの血で染まっていた。でも今の私にはそんなことはどうでもよかった。
「浩一さん。浩一さん。いなくならないで。どこにもいかないで。私は、浩一さんが――好きです。好きなんです」
私は強く浩一さんを抱きしめて、そしてじっと浩一さんの顔を見つめていた。
そして一つだけ思いついたことを試してみようと思った。
勝手な事をしてごめんなさい。でももう他に方法が思いつかないんです。
私はゆっくりと自分の顔を浩一さんへと近づけていた。
浩一さんは優しい顔をしていた。満ち足りたかのような表情を浮かべて、微かに呼吸をもらしていた。
頬に浩一さんの息がかかる。その吐息はこの距離にいなければ気がつかないほどに小さくて、私の心に焦りを浮かべさせていた。
私はそのまま浩一さんの唇に私を重ね合わせる。柔らかな感触が私の唇につたわってくる。
浩一さんの温もりが感じられた。浩一さん、浩一さん、浩一さん。どうか。どうか。私に伝わってきて。
浩一さんは白雪姫のようには目を覚まさない。だけどその瞬間、私の中に急速に入ってくるものがあった。
「浩一さん」
ああ、間に合った。良かった。間に合ったんだ。
浩一さんの感じていた想いが、浩一さんの残した想いが、私の中へと入り込んでくる。
浩一さんの記憶が。浩一さんの願いが。浩一さんが。私の中に入ってくる。
私の心の中は浩一さんで満たされていく。
良かった。きっとこれなら、私の中で浩一さんは生きていてくれる。
浩一さんの想いを全て受け止めるから。例え私自身が消えてしまうのだとしても。消えてしまってもいいから。
ねぇ、浩一さん。私の中に入ってきて。
私の心の中に強い光で輝き始めていた。ああ。この光が浩一さんだ。
大好きです。私は浩一さんが好きです。だから。私はいなくなってもいい。
浩一さん。だから。
「浩一……さん」
最後に浩一さんを呼んでいた。いやもうその言葉は声にはなっていなかった。
私はこれで消えてしまうかもしれない。
それでも私は満たされました。
浩一さんに出会えたこと。私を受け入れてくれたこと。私を救ってくれたこと。感謝しています。
だからこのまま全て私の中に入ってきて。
私の中でいつまでも消えないで。
私か消えてしまってもいいから。
浩一さんは消えないで。
私の意識が少しずつ薄れていく。私の中に浩一さんが満たされていく。
もう少しで私は浩一さんになる。
そう思った瞬間だった。
『だめだ!』
その声は私を否定していた。
同時に私の中に満ちていた光がみるみるうちに消えていく。
どうして。浩一さん。どうしてなの。いやだ。いやだよ。浩一さんが消えてしまうなんて、絶対にいやなんだ。
いかないで。いかないで。浩一さん。いかないで。
私の全てをあげても良いから。私は浩一さんが大好きだから。
だから消えてなくならないで――
私の心から浩一さんが消えていく。
私は強い声で浩一さんの名前を呼んでいた。
しかしその問いかけに浩一さんは答えない。だから何度も何度も浩一さんの名前を呼んだ。
浩一さんのまぶたがゆっくりと閉じていく。だけど浩一さんは笑っていた。どこか嬉しそうに私へと微笑んでいた。
浩一さんの想いはもう感じない。伝わってこない。
浩一さんの心はもう消えそうになっているのだろうか。嫌だ。そんなのは嫌だ。
「浩一さんっ、どうして。どうして笑っているんですか。約束したじゃないですか。一緒に、一緒に死んでくれるって。私はまだここにいるのに、どうして笑っているんですか」
私は取り乱して、ただ話しかける事しかできなかった。
心が読めない。見えない。
いやだ。なんでなの。どうして見えないの。私には力があるはず。心が見えるはずなのに。
浩一さんが見えない。感じられない。
なぜ。なぜなの。どうして。感じられないの。
私の心に絶望だけが残されていく。
隣にいる真希さんの気持ちは伝わってくる。困惑した気持ちと、後悔の気持ち。そして苦しい想い。だけどどこかで同時に救われた想いを覚えていることも。
自分で刺しておいて勝手すぎる。私は思う。
いや。私だってわかっている。彼女には本当は責任なんてない。彼女の意思ではなくて、残留思念のせいだってことはわかっている。
私自身が彼女に触れたことでその思念を読み取っていた。黒く苦しく重く辛い。そんな想いを抱え込みながら、彼女はまだそれでもぎりぎりのところで踏みとどまっていたんだ。
麗奈さんを刺した時も、愛さんを突き落とした時も。彼女本人は必死で抑え込もうとしていた。ずっと耐えていたんだ。だから被害は大きくなかった。でも私はそんな気持ちを知りながらも、ただ我が身可愛さに彼女を避けていたんだ。
私は耐えられなかった。ほんの少し残留思念を読み取っただけで、すぐにその場で動けなくなってしまっていた。彼女はそれほど強い感情に抗い続けていたんだ。私に何を言う権利があるのだろう。
私はなんて弱い人間なのだろう。なんて醜い人間なのだろう。
いまこうして私を救ってくれようとした人ひとり守る事が出来なかった。
浩一さんと一緒なら、未来を変えられる気がした。私の力と合わせれば何とかなるんじゃないかって。そう思っていた。
なのに結果は浩一さんを苦しませてしまった。
そして浩一さんの心が聞こえない。
「浩一さんっ、浩一さんっ。いかないで。いかないでください。どうして、どうして私なんかをかばったんですか。私はひどい女なのに、浩一さんがあんなに大事に思っている麗奈さんが傷つけられるかもしれないのに、私は逃げたんですよ。どうしてそんな私の為に死ななきゃいけないんですか。いやだ。戻って、戻って来てください」
私の声はだけど届かない。浩一さんはぴくりとも動こうとはしなかった。
真希さんも倒れた浩一さんをじっと見つめていた。自らの招いた事態に愕然として息を吐き出していた。
「浩一……」
真希さんが浩一さんを呼ぶ声に力はない。
残留思念に押されるようにして真希さんは動いていた。だけど私はその中に彼女自身の想いがあったから、こんな結果になった事も知っている。彼女自身に麗奈さんを、そして私を厭う気持ちがあったから、真希さんは残留思念に抗いきれなかった。
でも私にそれを責められる権利があるだろうか。彼女はそれでも抗おうとしていた。自分の心の中で必死で戦っていたんだ。そして彼女は私と同じように苦しんでいた。
私に何が言えるだろうか。私は彼女から逃げた。だから浩一さんがこんな風になってしまったのに。
「私が、殺した」
真希さんはぽつりとつぶやく。自分のしでかしてしまった出来事に愕然として困惑していた。
残留思念の影響は完全になくなっていた。いま伝わる気持ちが本来の真希さんなのだろう。
たぶん私が触れた事によって、私の方に残留思念を吸い込んでしまったのだと思う。私は長く触れた相手の記憶を吸い込んでしまう。
だけど本当の意思でなくて、残留思念に過ぎない想いは私が拒絶したことで、そのまま散ってしまって消えてなくなったのだと思う。私が母を拒絶して、その意思を壊してしまったように、
私が母を。
そこまで考えて、すぐに私はあることを思いついていた。
そうだ。それなら浩一さんを救えるかもしれない。
私の中でその想いが弾けていた。
「浩一さん!!」
私は浩一さんを強く抱きしめていた。そしてそのまま強く目をつむる。
私は触れた相手の記憶を読み取る事が出来る。それは触れる場所が多ければ多いほど強い力になる。
その記憶はむしろ魂に近いものだと、私は感覚的に理解していた。
そしてそれを受け入れた時、私という人間は消えてなくなって、相手の意識だけが残ることになると。
かつて私はそれを恐れて母を拒絶してしまった。母はその反動のせいで壊れてしまった。
だけど私が拒絶しなければ、きっと私の中に浩一さんが残るはずだ。
それしか私には浩一さんを救う方法が思いつかなかった。
「浩一さん、私の中に来てください。私の中に。私が私で無くなってもいい。だから、だから」
私は必死に叫んでいた。こんな風に感情をあらわにしたのは、いつ以来の事だっただろうか。母を壊してしまった時だろうか。それとももっと前の事だっただろうか。
浩一さんに想いを吐露したことで、私はずっと救われていた。一人で抱え込んでいた気持ちが溶けてしまったかのように思えた。
もちろんそれだけで全ての苦しみがなくなった訳じゃない。
でもずっと苦しかった。辛かった。叫びだしたかった。なのにできなくて、私は心を閉ざす事でしか生きる事ができなかった。
それを救ってくれた。私は確かに浩一さんに救われたんだ。
だから、だから。
浩一さん。こんどは私が助けますから。私の中に入ってきてください。
私が未来を変えて見せます。浩一さん。きっとそうしたらずっと一緒にいられますよね。
「消えてなくならないで!」
私はただ叫び続けていた。
だけど、私の想いとはうらはらに浩一さんと触れているのに、浩一さんの記憶が、魂が流れ込んでくる事はなかった。
どうして。どうして。
まだ浩一さんは死んでいない。まだ息を漏らしている。心臓だって動いている。なのになんで私の中に浩一さんはやってこないの。
「浩一さんっ、浩一さんっ、浩一さんっ」
何度も何度も名前を呼ぶ。
なのに答えはなくて、ただそれだけしかできなかった。
いやだ。いやだ。
いやなの。もういやなの。こんな風に私のせいで誰かが苦しむのは嫌なの。
「浩一さんは、私を受け入れてくれましたよね。こんな醜い力のある私でも、浩一さんは認めてくれた。そして私を守ろうとしてくれましたよね」
私はただ一心不乱に語り続けていた。返事はない。それでも浩一さんにただ話し続けていた。
「それどころか、私に好意を寄せてくれていた。こんな風に純粋に心を向けてくれる人は、他にはいなかった。いなかったんです」
私の事を認めてくれた。心が読めると知っても恐れなかった。
私の事をただ純粋に救おうとしてくれた。
そんな人は今までいなかった。それだけで私は救われたんです。
「私、嬉しかった。もうずっとわからなかった。この力を認識して以来、ずっと感情を殺して生きてきたんです。そうしなければ耐えられなかった。だけど浩一さんは私に感情を取り戻してくれた。私が忘れていた気持ちをいくつも思い出させてくれた。だから浩一さんに未来を見せてほしいと思ったんです」
私のブラウスが浩一さんの血で染まっていた。でも今の私にはそんなことはどうでもよかった。
「浩一さん。浩一さん。いなくならないで。どこにもいかないで。私は、浩一さんが――好きです。好きなんです」
私は強く浩一さんを抱きしめて、そしてじっと浩一さんの顔を見つめていた。
そして一つだけ思いついたことを試してみようと思った。
勝手な事をしてごめんなさい。でももう他に方法が思いつかないんです。
私はゆっくりと自分の顔を浩一さんへと近づけていた。
浩一さんは優しい顔をしていた。満ち足りたかのような表情を浮かべて、微かに呼吸をもらしていた。
頬に浩一さんの息がかかる。その吐息はこの距離にいなければ気がつかないほどに小さくて、私の心に焦りを浮かべさせていた。
私はそのまま浩一さんの唇に私を重ね合わせる。柔らかな感触が私の唇につたわってくる。
浩一さんの温もりが感じられた。浩一さん、浩一さん、浩一さん。どうか。どうか。私に伝わってきて。
浩一さんは白雪姫のようには目を覚まさない。だけどその瞬間、私の中に急速に入ってくるものがあった。
「浩一さん」
ああ、間に合った。良かった。間に合ったんだ。
浩一さんの感じていた想いが、浩一さんの残した想いが、私の中へと入り込んでくる。
浩一さんの記憶が。浩一さんの願いが。浩一さんが。私の中に入ってくる。
私の心の中は浩一さんで満たされていく。
良かった。きっとこれなら、私の中で浩一さんは生きていてくれる。
浩一さんの想いを全て受け止めるから。例え私自身が消えてしまうのだとしても。消えてしまってもいいから。
ねぇ、浩一さん。私の中に入ってきて。
私の心の中に強い光で輝き始めていた。ああ。この光が浩一さんだ。
大好きです。私は浩一さんが好きです。だから。私はいなくなってもいい。
浩一さん。だから。
「浩一……さん」
最後に浩一さんを呼んでいた。いやもうその言葉は声にはなっていなかった。
私はこれで消えてしまうかもしれない。
それでも私は満たされました。
浩一さんに出会えたこと。私を受け入れてくれたこと。私を救ってくれたこと。感謝しています。
だからこのまま全て私の中に入ってきて。
私の中でいつまでも消えないで。
私か消えてしまってもいいから。
浩一さんは消えないで。
私の意識が少しずつ薄れていく。私の中に浩一さんが満たされていく。
もう少しで私は浩一さんになる。
そう思った瞬間だった。
『だめだ!』
その声は私を否定していた。
同時に私の中に満ちていた光がみるみるうちに消えていく。
どうして。浩一さん。どうしてなの。いやだ。いやだよ。浩一さんが消えてしまうなんて、絶対にいやなんだ。
いかないで。いかないで。浩一さん。いかないで。
私の全てをあげても良いから。私は浩一さんが大好きだから。
だから消えてなくならないで――
私の心から浩一さんが消えていく。