俺は半目で間をおいた。非常につまらなそうな顔に見えることだろう。

「恐らく聖女は自国に連れて行かれた。しかし、ここからどうやったら帰れるのか分からない。だそうだ」

「……そうか。これで手がかりは断たれたということだな」

「国を出てから暫くは外の景色を見ていたらしい。だからそこまで行けば、サザン国へ行ける確率が高くなる」

「結局しらみつぶしということだろう」

 ロメリアが額を押さえて溜息をつく。

「そこでだ。俺なら動物たちに不審者の足取りを尋ねることができる。俺がルイのサポートをすればサザン国の場所を突き止められるかもしれない」

 出席者がざわめいた。ロメリアはどこか焦点の合わないところを見ながら暫く黙り、隣では馬の合扱いが下手な騎士が、視線だけで俺とルイを交互に見ていた。

「そんな、無謀です。共犯になりますよ?」

「いや。これさ、聖女を助け出せたらヒーローなんじゃねえの?謝礼たんまり貰えるだろー」

 下品に笑う俺に、干乾びたミミズを見るような哀れみを向けて、騎士は動向を見守ることにしたようだった。

「では、司教。そろそろ判決を言い渡して下さい」

 ロメリアの声に、口の周りに白い髭を蓄えた司教のじいさんは、寝起きのように頭を上げた。

「それでは……被告人ルイに、判決を言い渡します。国の重要人物の誘拐という重罪、その刑罰は火刑」

 高い天井の隅々まで届くような声で、じいさんは叫んだ。そして口元を触りながら続けた。

「しかし今まで話を聞くと、即日刑を執行することは賢明ではないようだ。聖女様奪還へ尽力し、その命を全うした後に刑に処する。その監視、付き沿い人としてヤマトを同行させる。如何かな?」

 じいさんがロメリアを一瞥すると、ロメリアは小さく頷き返した。

「ヤマト、被告人の躾はちゃんとしておくんだぞ」

 じいさんが参加者の間をすり抜けてルイの鎖を引き歩く。首を引かれよろけながらも、ルイは一本の足で俺の前まで来た。

「監視と言っても、この体じゃあ逃げられもせんと思うが」

 鎖の端を手渡された。じいさんの体温が移っているせいで温い。

「では裁判はこれにて終了とさせて頂きます。足元にお気をつけてお帰り下さい」

 じいさんが声を掛けると、人々は帰り支度をしてドアを開け、一斉に立ち止まった。土砂降りだった。黒い雲から降ってくる雨粒に戸惑っている。

 しかし、主の帰りを待っていた馬車が、貴族を次々と乗せて去り、騎士たちは近場の居酒屋に向かった。
 残された俺は、ルイの鎖を握った手を見下ろし、そしてルイの頭頂部を見た。犬でも預けられたみたいだ。
 タップダンスのような足音が近付いてきて、振り向くと、背後にロメリアが立っていた。

「罪人であることを忘れるな。以後、それはあなたの管理下にあるものとさせて頂くが、不審な言動があれば即刻切り捨ててしまって構わない。尚、あなたがその者によって悲壮な目に遭っても自業自得のものとする。手厚く葬ってもらえるなどと思わないことだ」

 美形が凄むと威圧感が増す。
 俺は鼻で息を吐いて、両手を広げた。

「わーかってんだよ、そんなこたあ。そっちこそ謝礼金はずめよー」

「下賤が」

 吐き捨てて、ロメリアはしとどに濡れながら馬に跨って行った。

「あの」
「あん?」

 馬の扱いが下手な騎士が、居づらそうに縮こまっている。

「帰りのことなんですが……せめて二人なんですよね、馬に乗れるの」
「おう、それで?」
「誰が歩きます?」

 怯えるような目を俺とルイに向けてくるので、反射的に「お前だろ」と人差し指を向け、歯を見せた。

「あ、の。私が……」

 いきなりルイが喋り出したので、騎士はぎょっとした。

「私が、歩きま……」

「お前が歩くと夜になる」

 俺は騎士の尻を叩いて馬を連れてこさせ、鞍に跨った。続いて手を伸ばし、ルイを引っ張り上げる。前にルイを座らせると、血と埃のような匂いがした。

「さあ、しゅっぱーつ」

 俺の合図で騎士は走り出し、つられて馬も歩を速めた。
 目の前で黒髪が揺れる。

 ……あれ?もしかしてこいつ俺んちで預かるの?