「立ち話で『三日以内に言質を取ってほしい』なんていきなり言われてさあ」

「なあにい、いきなり真面目な顔しちゃって。明日槍でも降るんじゃないの?」

 寝台の上で恥ずかしげもなく裸体を曝す女から視線を外して、葉巻に火をつける。女が窓から差し込む月明かりを浴びて、薄ぼんやり眉根を寄せたのが見えたが、気に留めず煙を吐いた。

「ていうかまだ一日残ってるっつーのに」

「うんうん」

 一生懸命話をする幼児を前にした子守りのように頷く女の額を人差し指で弾く。いったあ、と甘えた声が出すので顔に煙を吐き掛けてやった。

「しかもわざわざ王宮の地下室なんて陰気くせえとこに通ってやってんのによお、行ってみりゃあ股から血ぃ流してるってどういうことだっつー話よ」

「うんうん」

「拷問して、その上強姦ですか?」

「うんうん」

「俺何の為に呼ばれてんの?」

「うんうん」

 女は口元を綻ばせながら相槌を打つ。その何も詰まって無さそうな軽い声色が、篭った怒りを吐瀉物のように吐き出させるには丁度良かった。

 そう、溜まっていた。怒りも、欲望も。片方はさっぱり出し切ったけど。

「ここまできたらあいつぜってー吐かねえよ。つーか人生諦めてんの分かってんだから三日も待ってないで死刑でも何でもやっちまえばいいのに」

 白く曇っていく宙を眺めながら、ルイの細い足から伝う紅白の筋を思い出した。俺がいつも遊んでる女の股から血が出ているのを見たことは一度もない。雲の隙間からドラゴンが現れるくらいの、子ども騙しな言い伝えだと思っていた。

「ハジメテってさ、女にとって大事なもんなの?」

 上体を伸ばして窓を開け、短くなった葉巻を外に落とした。女は横になったまま「んー」と考える素振りを見せる。

「大事だと思うよお。私も本当なら大好きな人にもらってほしかったもん」

「じゃあ知らん奴に無理矢理されたら?」

「泣いちゃうなあ」

 泣いちゃうのか。

 しかしルイは泣いていなかった。

 俺の話をぼんやりと聞いて、口の端で固まった血の玉を赤い舌で舐めていた。腫れた瞼も頬も、爪の無くなった指も、青黒い痣だらけの片足も、俺が対峙している間中痛がる様子はなかった。

「ねえ、それよりさあ。もう一回しよ?」

 女が俺の方を向くと、乳房が大きく揺れた。

「もうねみいんだけど」

 言いながらその柔らかななものを掴む。女は楽しそうな笑い声を漏らしながら、俺の頭に抱きついた。

「ヤマトってさあ、不器用だよねえ」
「はあ?」

 胸の間の谷で、くぐもった声が反響する。

「世話焼いてる子、勝手にいじめられてすごく怒ってるのに、知らないふりしてるもん」

 女の声が肋骨の奥から直接聞こえた。吐息をかけたら溶けてしまいそうな肌に下唇を擦り付ける。女は擽ったそうに身をよじりながら続けた。

「仲良くしてあげなよ?最期の思い出になるんだから」

 うふふ、と俺の頭に頬擦りして、暖を取るように俺の頭を締め付ける女の甘い香りが、漂う煙草の匂いに浸食されていく。



 街の中央部にある集会場の、両開きドアを開けると、既に数人が集まっていた。
 多分出席する者の中で、俺は一番最後に来た。遅刻だ。

「もう始まっていますよ」

 人々の前に立つ、仰々しい軍服を一つも乱さない知将ロメリアが、最後尾に立った俺に聞こえるように声を上げた。その言葉に、俺の隣にいた馬の扱いが下手な騎士が「申し訳ありませんでした」と返す。

 送迎を快諾してくれた彼に罪はない。寝汚い俺が悪いのだ。しかも、声を掛けても出てこない俺の部屋まで上がりこんで来たのは調剤師のばあさんだった。叩き起こされ尻を叩かれ、散々な目に遭いながらここにいる。

 ロメリアは凛とした声で、経でも唱えるように話を続けた。

「被告人の罪状は魔術を用いた誘拐罪。夜半、密室の中から、契約悪魔が聖女様を攫って行った。その証拠に窓は鍵が開いていた。計画通りにことを済ませた被告は、寝台に横になり朝まで寝売りこけ、メイドに見つかった。間違いはないか」

 ロメリアの前に出されたルイは粗末なチュニックのまま、首に太い首輪をつけられていた。その真ん中から鉄製の長い鎖が伸び、その先を騎士の一人が手綱のように握っている。手首は後ろ手にきつく縛られていた。

 ルイは下を向いたまま答えない。
 ロメリアは長めのくせ毛を指先に巻き付け、身長差のあるルイを見下ろした。

「黙秘は肯定とする。では何故、聖女様を攫ったのか。答えろ」
 
 …………。

「聖女様をどこへ連れて行った」

 …………。

「真偽が分からない場合は神明裁判を行うことになるが、それを受け入れるか?貴様は拷問よりひどい責め苦を味わうぞ」 

 ルイの様子は変わらなかった。壊れた人形のように、時々体を揺らしながら佇んでいる。

 裁判に関わるのは二度目のことだった。友人が窃盗罪で捕まり、有罪とされ指を二本切られた時。
 その場には裁判官と共に、有識者というおっさんたちも数人集まっていたように記憶している。
 しかしこの裁判に出席している中に、有識者と思わしき面々は見当たらない。ほとんどが貴族、聖職者、王家に従事する者だった。

「なあ、何でこんな人いねえのこれ」

 視線を真っ直ぐにロメリアに向けながら、馬の扱いが下手な騎士の耳元に問い掛ける。騎士は肩を跳ねさせ、困惑した顔をした。

「私も詳しいことは知りませんが……聖女様が王宮にいながら攫われたということが住人に知れたら、王室の落ち度とされるからではないでしょうか」

「だからこの少人数で決めようってのか」

「聖女の誘拐など元々重罪なのです。裁判など必要ないくらいですよ」

「でもあれだろ。大事な聖女様の行方を知っているのはルイだけだ。だから易々とは処罰できねえ」

「その通りです。珍しくロメリア様も手を焼いて……」

「おい、ロメリア」

 場内に響くように声を上げると、ロメリアの切れ長の瞳が煩わしそうにこちらを向いた。

「勝手な発言は慎むようお願……」 

「そいつ殺したらシーナ探せねえんだろ?だったら生かしてどうにか吐かせる方がいいんじゃねえの?」

「それが出来るのならやって見せて頂きたい。言葉の通じないネズミに発語を教えるつもりですか?」

 ロメリアは嘲笑した。
 出席者のほとんどが俺の方を振り向いている。
 その中にはルイもいて、唇を引き結んだまま気力のない瞳を、俺の足元落としていた。

「サザンっていう国があるらしいな。ルイはそこから来た」

「何を……」

 ロメリアは珍しく驚いた表情を浮かべた。
 俺はしてやったりと口角を上げる。

「そこの男たちと、王宮に忍び込んで聖女を攫い、ルイは逃走の時間稼ぎにあの部屋に置いていかれた。そして作戦は成功。夜間何度か様子を見に来たメイドは、寝台の上の膨らみを聖女と勘違いし、朝まで異変に気付かなかった」

 俺の滑らかな口調に気圧された参加者たちは、顔を強張らせながらロメリアを見た。ロメリアは持っていた書類を握りしめ、顔を顰めて、歯を食いしばっていた。

「こいつを罰するよりも、聖女を連れ戻すことの方が先決なんじゃねえの?唯一穢れを祓える、大事な大事な存在なんだろ?」

 昔から神の力を持っているとされ持て囃されてきたシーナ。
 長い付き合いだが、俺は彼女を友人だと思ったことは一度もない。
 穏やかで聖人然をしているが、密かに無神経で粗野な面もある人間らしい女。

 悪い想像が当たらないことをここずっと願っている。

 ロメリアは苛立ちを隠さず、放り出すように言葉を投げた。

「ではあなたにその役目を担って頂きたい。この者からそれ程までに情報を引き出せたのならば、聖女様の居場所を吐かせることも難しくないでしょう?」

「いや、もう聞いたのよ」