上下の長い前歯が噛み合わさると、軽くて硬い音がした。
傍で青い葉を揺らす、銀杏の木ほども大きいドブネズミが、双眸を光らせている。
その様子を横目で見ながら、ドブネズミの背面へ走る。巨大なそれは立ち上がり、見回すように頭を動かした。
硬い毛の生えた背を駈け上がる。
小さな耳の間を蹴り、勢いをつけて月明かりに飛び上がった。
握っていたナイフを逆手に持ち変える。
真下に見える、磨かれた黒曜石のような瞳めがけてナイフを突き下ろすと、ドブネズミが「ギイ」と潰れたような声で鳴いた。
瞬きした隙間にナイフが挟まれ、血液が二股になって流れる。ドブネズミは悶えるように巨大な頭を振り回した。
汚れたナイフを抜いて、地に下り立つ。
痙攣したように震える、ドブネズミの柔らかい腹部に思いきりナイフを突き刺す。茶色い毛が血で濃く濡れていく。ナイフを抜くと、また鮮血が散った。
ドブネズミは鼻息を荒くして、じっとしていた。じっと何かを見ていた。闇の中でも黒目がツヤツヤとしているのが分かる。
その先には、草原で呆けたように座り込んでいる少女、ルイがいた。ルイもドブネズミのありさまを見ていた。
ドブネズミが自らを奮い立たせ、足を進める。一歩、一歩ルイに近付いて行く。
ルイは介錯を待つ罪人のように、俯いた。
ドブネズミがルイの鼻先で口を開ける。どこかでふくろうが鳴き始めた。
「こら、死に急ぐなよ」
言いながら、俺はルイの背後に立ち、ドブネズミの機能している方の瞳をナイフで突いた。刃先を眼球の中に擦りつけるようにぎりぎりと回して引き抜くと、それを合図にドブネズミは崩れ落ちた。
「このでかさじゃ毒も効かないか」
腰布でナイフを拭き、鞘に戻す。ルイと共にあった皮の鞄を持ち上げ、ルイの腕も引っ張ると、彼女は濡れた瞳を伏せながら首を横に振った。錆びついた鉄の首輪から伸びた鎖が、ガラガラと大仰な音を立てて擦れ合う。
動かなくなったドブネズミと同じ色の瞳、同じ色の長い髪。
鞄を背負って、ルイの体の下に両腕を差し入れた。悲鳴のような声を上げ、ルイの体は軽々と持ち上がる。霧か雲かというほどの軽さだが、慣れてしまえば驚くことでもない。
「下ろして」
腕の中にすっぽりと収まる彼女が泣きそうに顔を歪める。
「お前が歩くの待ってたら町までつかねえ」
落ちていた杖二本もまとめて持って、ルイを俵担ぎにした。
「お、落ち」
「下ろせって言ったじゃねえか」
「でも」
耳の傍で首輪の鎖が揺れる音がした。
ルイの穴と皺だらけのスカートの裾も揺れる。片足がごっそり無い体は軽い。
ドブネズミに背を向けて歩く。震えているのは俺ではなくルイだ。
小川に細い月が映っていた。町に着くのは明け方だろう。
傍で青い葉を揺らす、銀杏の木ほども大きいドブネズミが、双眸を光らせている。
その様子を横目で見ながら、ドブネズミの背面へ走る。巨大なそれは立ち上がり、見回すように頭を動かした。
硬い毛の生えた背を駈け上がる。
小さな耳の間を蹴り、勢いをつけて月明かりに飛び上がった。
握っていたナイフを逆手に持ち変える。
真下に見える、磨かれた黒曜石のような瞳めがけてナイフを突き下ろすと、ドブネズミが「ギイ」と潰れたような声で鳴いた。
瞬きした隙間にナイフが挟まれ、血液が二股になって流れる。ドブネズミは悶えるように巨大な頭を振り回した。
汚れたナイフを抜いて、地に下り立つ。
痙攣したように震える、ドブネズミの柔らかい腹部に思いきりナイフを突き刺す。茶色い毛が血で濃く濡れていく。ナイフを抜くと、また鮮血が散った。
ドブネズミは鼻息を荒くして、じっとしていた。じっと何かを見ていた。闇の中でも黒目がツヤツヤとしているのが分かる。
その先には、草原で呆けたように座り込んでいる少女、ルイがいた。ルイもドブネズミのありさまを見ていた。
ドブネズミが自らを奮い立たせ、足を進める。一歩、一歩ルイに近付いて行く。
ルイは介錯を待つ罪人のように、俯いた。
ドブネズミがルイの鼻先で口を開ける。どこかでふくろうが鳴き始めた。
「こら、死に急ぐなよ」
言いながら、俺はルイの背後に立ち、ドブネズミの機能している方の瞳をナイフで突いた。刃先を眼球の中に擦りつけるようにぎりぎりと回して引き抜くと、それを合図にドブネズミは崩れ落ちた。
「このでかさじゃ毒も効かないか」
腰布でナイフを拭き、鞘に戻す。ルイと共にあった皮の鞄を持ち上げ、ルイの腕も引っ張ると、彼女は濡れた瞳を伏せながら首を横に振った。錆びついた鉄の首輪から伸びた鎖が、ガラガラと大仰な音を立てて擦れ合う。
動かなくなったドブネズミと同じ色の瞳、同じ色の長い髪。
鞄を背負って、ルイの体の下に両腕を差し入れた。悲鳴のような声を上げ、ルイの体は軽々と持ち上がる。霧か雲かというほどの軽さだが、慣れてしまえば驚くことでもない。
「下ろして」
腕の中にすっぽりと収まる彼女が泣きそうに顔を歪める。
「お前が歩くの待ってたら町までつかねえ」
落ちていた杖二本もまとめて持って、ルイを俵担ぎにした。
「お、落ち」
「下ろせって言ったじゃねえか」
「でも」
耳の傍で首輪の鎖が揺れる音がした。
ルイの穴と皺だらけのスカートの裾も揺れる。片足がごっそり無い体は軽い。
ドブネズミに背を向けて歩く。震えているのは俺ではなくルイだ。
小川に細い月が映っていた。町に着くのは明け方だろう。