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次の日も、その次の日も私は非常階段で過ごした。
暇ではあるけど毎日近所迷惑を考えずに好きなだけ歌えるし、階段の上り下りで運動もできた。
そのうち部屋のクローゼットに大切にしまってあった母の形見のギターを持って来て弾くようになった。
語り弾きとか恥ずかしいから地球ではあんまりやらなかったけどここなら誰も聞いてないし、ちょっと挑戦するのもいいかもしれないなと思ったから。
今日も私は、いつも通り階段の1番下で過ごそうと思っていた。
しかし今日はいつもと様子が違った。
踊り場の壁に、一枚の扉があった。
扉が、あった。
ん?とびら?
一つ言っておく。私は目は悪くないし、見落としてたなんてことはない。なんなら両目とも視力はAだ。
この踊り場は狭いし、薄暗いとはいえモノはハッキリ見える。絶対に今日まで扉はなかった。
いずれにせよ、そこに扉はあった。
ドッドッドッ、と心臓の音が聞こえた。
うるさいよ。ちょっと、静かにしてよ。考えるから。
そんな意味のわからないつぶやきを心臓に向かって投げる。もちろんそんなことで静かにはならない。
今までなかったところに扉が現れたら、あなたはどうする?
開けるでしょ。少なくとも私は開ける。
開ける。開けるよ?
誰に向かって確認してるんだろうか。
そんなことどうでもいい。私はギターを踊り場の片隅に立てかけて、ドアに歩み寄る。
綺麗に光るドアノブに手を掛けて、ゆっくりと下に下げる。
かちゃり、と言う静かな音がする。
誰か向こうにいたらどうする?もしかしたら本部が隠してる機密部屋なのかもしれない。そしたらどうする?私は捕まっちゃう?怒られる?
いないよね?人。
ドアに耳をつけて耳そばを立てる。
音は聞こえない。ドアが分厚いだけと言う可能性もあるけども。
でもここまできたらもう開けるしかない。
少し押す。扉は動かない。ってことは引くのか。
しゅっ、と少し空気の音がして、扉が開いた。
そこには一本の廊下と、突き当たりに鏡があるだけだった。
あーあ、なんだそれだけか。
ちょっと拍子抜けした。
なんでこんなとこに廊下?鏡?どこにも繋がってないのにこんな廊下必要なの?
頭に浮かぶのは疑問だった。
でも。私はなぜか、一ミリだってガッカリしていなかった。ドキドキして、高揚感に包まれた。
本当にただ鏡があるだけなのに。
私は、その鏡にひどく惹かれた。
思わず鏡まで駆け寄って、ゆびさきで鏡に触れた。
硬い鏡の感触が手に伝わる。ぴたりと手のひらまでつける。
その瞬間。
手からひんやりとした鏡の感触が消えた。
真っ白で、でもカラフルで光が鏡から溢れた。
びっくりするほど幸せな感覚。でもツンと泣きそうになるような、身が竦むような感覚に襲われた。
なぜかは分からないけど、私は怖くなかった。絶対に大丈夫だ、と分かっていた。
胸のドキドキは最高潮に達していた。
故郷の景色を見たような懐かしさと、はじめてのテーマパークに行くワクワク感と、知らない場所に行くコワさがあって。
思いっきり笑いたいような、涙が出るような。
柔らかななのに竜巻に巻き込まれているような風。
いい匂い、というわけでもないけれど、とびきり素敵な香り。
滑らかでひんやりとした、くうき。空気というよりもっと滑らかな、くうき。
でも心がポカポカとして、温泉に入ってるような、あたたかさ。
矛盾ばっかりなのになぜか矛盾がない。
今までの人生で1番素晴らしくて、不思議な、感覚だった。
足に柔らかな草と、冷たい水が触れた。
朝一番の風が吹いて目を開けると、そこには水に覆われた大自然が広がっていた。
久しく星空と白く四角い空間しか見ていなかった私にとっては、目が痛くなるほどの鮮やかな色彩。絵の具をそのまま使ったかのような、あお、みどり、きいろなどのたくさんの色たち。
そして、人生でホントに初めて、今肺にめいいっぱい酸素が入ったと感じた。
太陽が眩しくて、目が眩んだ。
目に沁みるほどの色と光が、そこには溢れていた。
美しさ、と言うのはきっとこう言うことだ。
ただでさえ広がる自然は美しい。でもそれに加えてこの世界は、水に覆われていた。
たまたま浅瀬なようだけれども少し先に行くと水が深いようで水底を泳ぐ魚や草木が生えているのが見える。
全てが水に浸かっているわけではなく、山がちなところは水上に出ていて動物の鳴き声も響いている。
泳いでいく魚は見たことのないような魚ばかりで、やっぱり色鮮やかで美しい生き物ばかりだった。ヒラヒラとした金魚の尾のような飾りがついたものが多く、インコのように原色の多い色彩で魚というにもあまりに美しいようにも思えた。
滑らかな水面は大自然と澄み切った青空をくっきりと映し出していて本当に鏡のようだった。
えーっと。
なんでだろう?
鏡に触ったら大自然?意味が、分からない。
でもそんなことより濃い草木の香り、全身に降り注ぐ太陽の暖かさ、水の冷たさ、風のみずみずしさ、空の高さと水彩絵の具で伸ばしたような筋雲。五感が、全身が自然を受けていた。
次の日も、その次の日も私は非常階段で過ごした。
暇ではあるけど毎日近所迷惑を考えずに好きなだけ歌えるし、階段の上り下りで運動もできた。
そのうち部屋のクローゼットに大切にしまってあった母の形見のギターを持って来て弾くようになった。
語り弾きとか恥ずかしいから地球ではあんまりやらなかったけどここなら誰も聞いてないし、ちょっと挑戦するのもいいかもしれないなと思ったから。
今日も私は、いつも通り階段の1番下で過ごそうと思っていた。
しかし今日はいつもと様子が違った。
踊り場の壁に、一枚の扉があった。
扉が、あった。
ん?とびら?
一つ言っておく。私は目は悪くないし、見落としてたなんてことはない。なんなら両目とも視力はAだ。
この踊り場は狭いし、薄暗いとはいえモノはハッキリ見える。絶対に今日まで扉はなかった。
いずれにせよ、そこに扉はあった。
ドッドッドッ、と心臓の音が聞こえた。
うるさいよ。ちょっと、静かにしてよ。考えるから。
そんな意味のわからないつぶやきを心臓に向かって投げる。もちろんそんなことで静かにはならない。
今までなかったところに扉が現れたら、あなたはどうする?
開けるでしょ。少なくとも私は開ける。
開ける。開けるよ?
誰に向かって確認してるんだろうか。
そんなことどうでもいい。私はギターを踊り場の片隅に立てかけて、ドアに歩み寄る。
綺麗に光るドアノブに手を掛けて、ゆっくりと下に下げる。
かちゃり、と言う静かな音がする。
誰か向こうにいたらどうする?もしかしたら本部が隠してる機密部屋なのかもしれない。そしたらどうする?私は捕まっちゃう?怒られる?
いないよね?人。
ドアに耳をつけて耳そばを立てる。
音は聞こえない。ドアが分厚いだけと言う可能性もあるけども。
でもここまできたらもう開けるしかない。
少し押す。扉は動かない。ってことは引くのか。
しゅっ、と少し空気の音がして、扉が開いた。
そこには一本の廊下と、突き当たりに鏡があるだけだった。
あーあ、なんだそれだけか。
ちょっと拍子抜けした。
なんでこんなとこに廊下?鏡?どこにも繋がってないのにこんな廊下必要なの?
頭に浮かぶのは疑問だった。
でも。私はなぜか、一ミリだってガッカリしていなかった。ドキドキして、高揚感に包まれた。
本当にただ鏡があるだけなのに。
私は、その鏡にひどく惹かれた。
思わず鏡まで駆け寄って、ゆびさきで鏡に触れた。
硬い鏡の感触が手に伝わる。ぴたりと手のひらまでつける。
その瞬間。
手からひんやりとした鏡の感触が消えた。
真っ白で、でもカラフルで光が鏡から溢れた。
びっくりするほど幸せな感覚。でもツンと泣きそうになるような、身が竦むような感覚に襲われた。
なぜかは分からないけど、私は怖くなかった。絶対に大丈夫だ、と分かっていた。
胸のドキドキは最高潮に達していた。
故郷の景色を見たような懐かしさと、はじめてのテーマパークに行くワクワク感と、知らない場所に行くコワさがあって。
思いっきり笑いたいような、涙が出るような。
柔らかななのに竜巻に巻き込まれているような風。
いい匂い、というわけでもないけれど、とびきり素敵な香り。
滑らかでひんやりとした、くうき。空気というよりもっと滑らかな、くうき。
でも心がポカポカとして、温泉に入ってるような、あたたかさ。
矛盾ばっかりなのになぜか矛盾がない。
今までの人生で1番素晴らしくて、不思議な、感覚だった。
足に柔らかな草と、冷たい水が触れた。
朝一番の風が吹いて目を開けると、そこには水に覆われた大自然が広がっていた。
久しく星空と白く四角い空間しか見ていなかった私にとっては、目が痛くなるほどの鮮やかな色彩。絵の具をそのまま使ったかのような、あお、みどり、きいろなどのたくさんの色たち。
そして、人生でホントに初めて、今肺にめいいっぱい酸素が入ったと感じた。
太陽が眩しくて、目が眩んだ。
目に沁みるほどの色と光が、そこには溢れていた。
美しさ、と言うのはきっとこう言うことだ。
ただでさえ広がる自然は美しい。でもそれに加えてこの世界は、水に覆われていた。
たまたま浅瀬なようだけれども少し先に行くと水が深いようで水底を泳ぐ魚や草木が生えているのが見える。
全てが水に浸かっているわけではなく、山がちなところは水上に出ていて動物の鳴き声も響いている。
泳いでいく魚は見たことのないような魚ばかりで、やっぱり色鮮やかで美しい生き物ばかりだった。ヒラヒラとした金魚の尾のような飾りがついたものが多く、インコのように原色の多い色彩で魚というにもあまりに美しいようにも思えた。
滑らかな水面は大自然と澄み切った青空をくっきりと映し出していて本当に鏡のようだった。
えーっと。
なんでだろう?
鏡に触ったら大自然?意味が、分からない。
でもそんなことより濃い草木の香り、全身に降り注ぐ太陽の暖かさ、水の冷たさ、風のみずみずしさ、空の高さと水彩絵の具で伸ばしたような筋雲。五感が、全身が自然を受けていた。