――八時になる頃に学校に着くと、徐々に登校してくる生徒が増えてくる。 廊下を歩けば物珍しげな視線を向けられるが、適当に無視して教室に入った。


「ねえ、見て。北条だ」
「え、うわ、朝から来てる。めずらしー……」
「そいや、ついこないだも高校生数人相手に大立ち回りしたらしいよ。あそこの団地の前、知ってるでしょ?」
「俺の知り合いも見たって言ってたけど」
「こわー……。なんでそんな派手な喧嘩してるのに警察沙汰になんねぇの?」
「かろうじて病院送りにしてないからじゃない? 高校生数人が中学生一人にこてんぱんにされました……なんて恥ずかしくて警察に申告できないでしょ」
「今どき不良なんて流行んないのに、よくやるよね。恥ずかしくないのかな……」

ひそひそ囁き合う声の中、まだ人も疎らな教室の机の間を縫って、自分の席に着く。椅子を引いて、意味もなく頬杖をつく。
登校してきてこちらに気付いたクラスメイトがぎょっとするのだ――「え、北条⁉ うわっ、目、合った、やべえ!」といったように。
まあ、無理もない。――とはいえ、

(聞こえてンだよ、全部)

煩わしいことだが、耳はかなりいいほうだ。わざわざ耳をそばたてずとも、噂もある程度のことは聞き取れる。
好き勝手な物言いに腹が立たないことはないが、いちいち気にしていたらキリがないので、素知らぬ顔、気にしていないフリで目を逸らす。

「ねえ、半グレの人をブン殴ったことあるとか、マジなのかなあ」
「高校生数人相手に勝っちまう中学生だもんなあ。有り得なくはない、かも……?」

(有り得ねえわ)

嘆息。
デマに決まっているだろうがそんなもの。噂にしたってくだらない。本職相手に喧嘩なんかしてみろ、命がいくつあっても足りない。

……そもそも、俺は自分から喧嘩を売ったことはない。確かに喧嘩はそこそこ好きだ――それは間違いないが、自分から仕掛けることはしない。何でも、せめて正当防衛の言い訳が立たなければ母にも迷惑がかかる。

(つうかそもそも不良を名乗ったこともねえよ……)

眉間に皺が寄る。
好きでこうなった訳じゃない。喧嘩は好きだが、別に「不良」になった覚えはない。
いや。

――ならなんで俺は、『普通』の『優等生』になろうとしないんだろう。

自分の素行が、世間一般からして褒められたものではないとわかってる。……なら何故改めないのか。
それがずっと、わからないままでいる。
「今日は朝礼あるので体育館行きまーす。並んでー」

八時二十分、響いてきたクラスの代表委員の声に、顔を上げる。

朝礼。ああ、そんなものもあったか。あった気がする。毎週火曜日、全校生徒が集まる時間があるのだ。
体育館シューズはあったか。いや別に、朝礼くらいサボりでいいか――と思って背もたれに寄りかかると、ふと、代表委員の女子とぱちりと目が合った。代表委員の女子は一瞬「やばっ」という顔をして、しかしすぐに「あの、北条くん。な、名前順に並んで……」と、気丈に言った。

「……」

名指しされたことで、なんとなく、動かない訳にはいかなくなる。
なんとも言えない気まずさを感じながら無言で椅子を引いて立ち上がると、教室の外に並んだ列の最後尾についた。……名前順通りに列に並べば、耳に入る噂話がやたら鬱陶しいからだ。
無言で列に加わった俺に、代表委員の女子の顔色が青くなったり赤くなったりする。怒らせたかも、とでも思っているのだろうか。

(そんなに短気に見えんのか……見えるんだろうな)

 目つきが悪いのは昔からだ。

「北条が真面目に朝礼出席とか。槍でも降りそう」

最後尾の男子生徒――たしか名前は和田だったはず――の呟きに、うるせぇなと思いつつ、訳もなく天井を見上げた。行きますよ、と先導する代表委員が歩き始め、列も動き始める。
体育館シューズはやっぱりなかった。

ここのところ体育館に行った覚えもないので、仕方ないか。