叩きつけるような、和音。


空気を引き裂くようなシレファシの四つの音が、駅構内に響き渡る。同時に、周囲で息を呑む音。「うそ」と――いつかの春宮のように声を漏らし、また驚愕に目を見開く先程の少女の顔が、視界の端に映った。だが、そんなことはどうでもいい。今はただ、鍵盤を思え。

 ――ショパンのエチュード第十二番、表題『革命』。作品番号10―12。

 この曲のテーマと言えば、なんといっても怒りだ。一八三一年、ショパンが外国で外の音楽を学ぶために故郷ポーランドを出国してから僅か二十日、ポーランドの首都ワルシャワにて武装蜂起が勃発。それは、当時実質ロシアの一部と見なされていたポーランドの民による故郷を取り戻さんと起こされたものだったが、結果的に失敗。ワルシャワは再びロシアの手に落ち、ショパンは故郷を蹂躙されてしまうことになった。――『革命』は、その時のショパンの絶望と悲しみ、怒りを込めたものだと、一般的に解されている。

 この曲の特徴は曲のほぼ全てを通して疾走し続ける左手だ。そして、右手の強烈なオクターブによって奏でられる旋律。右手の叩きつけるような和音ひとつひとつに力を込めて打鍵すしなければ、途端にこの曲に込められた意志が薄らいでしまう。

 込めるのだ、怒りを。他にたとえようもない絶望と痛みを。

 ……だが。

(左手が転がる……! 気を抜いたら音を外すか盛大に滑るかしそうだ)

 革命のエチュードはショパンの曲の中でも短い方ではあるが、速い動きを続けなければならないので、手首の動かし方に相当気を遣う必要がある。ブランクがあって固まった左手では、どうしても手首の動かし方のコツを掴み切れず、早くも手首が腕ごと疲弊してくる。

 しかし一定の打鍵の強さは守らなければならない。左手が弱弱しくなれば、右手の強壮さも失われてしまう。
 失われた故郷。侵攻によって故郷を失ったショパンとは違うが、故郷と呼べる家が――家族が失われたのは俺も同じだった。あるいは、俺が壊したとも言えるのかもしれない。

 父は昔から俺と妹を、ピアニストたれとして育てた。それ以外の人生を選ばせる気など毛頭なかっただろう。長男である俺への教育の厳しさは妹を遥かに上回ったが、昔の俺はそれを当然として受け止めていた節があった。
 それでも、年を重ねるにつれて違和感を覚えることが増えてきた。より多くの人と関わり、学校を通じて狭くとも社会を見て、俺の居場所がひどく窮屈なところだと知った。

 だがそれでも、ピアノを手放さなかったのは、好きだったからだ。

 演奏を終えた後、浴びせられる拍手が。目を輝かせる観衆が。そして、納得のいく演奏をしたときの達成感が。
 ――初めの、強烈なオクターブは、形を少しずつ変えて何度も何度も曲の中に現れる。緩急をつけて独特の間を作り、強く叩きつけるような音が、まるで誰かの慟哭のように聞こえるように工夫する。

(まずい、手の感覚が……)

 手首が痛い。ひどく痺れている。腕に無駄な力が入っている証拠だ。奥歯を食いしばる。

 ――父は、父の求める音を出さなければ認めようとしなかった。楽譜通りの正確な演奏、正確な解釈、より結果に繋がる弾き方と演奏。王道、あるいは手本、教本通りの弾き方でなければ許さなかった。完璧に演奏さえできれば、そこに個性など要らないと、そう言わんばかりだった。

 息苦しく、そして何より腹が立った。頑なな態度、抑圧的で強圧的な教えによる鬱屈。それらが、ピアノを弾くたびに常に付きまとうようになった。「俺の子なのだから才能があって当たり前だ」とそう言った同じ口で、「天才などと言われ調子に乗るな」と言う。「この狭い国でもてはやされても、世界には格の違う演奏者がいくらでもいる。そしてこれからいくらでも、新しく素晴らしい才能が出てくる」。未熟で弱いお前では、そのステージで果たして立っていられるかどうかもわからない。それを自覚しろ。お前がステージに立つ時、私の、宝生楽斗の名をも背負っているということを忘れるな――。


(ふっっっざけんじゃねぇ)


 好き勝手言いやがって。

 曲は転調しながら盛り上がる。腕の痺れはピークに達していたが、ひたすらに動かし続ける。腱鞘炎になるかもしれないとふと思ったが、そんなもの知ったことか。
 不意に、脳裏に鳥が映った。その鳥が持つのは青いふたつの翼。画用紙に描かれた精密で幻想的な鳥の羽。今にも飛び立とうとする鳥。
 腕の痛みがなんだ。ここまで来たら最後まで弾く。
 
 怒りを!