「……弓彦は、絃を祓魔師として育てようとは思わなかったのか? それほど膨大な霊力を持っているなら、あの体質を考慮しても優秀な祓魔師になっただろう。護符や結界を駆使すれば、絃でも十分戦えるはずだ」
なにか曙光はないものか、と一縷の望みをかけて問う。
だが弓彦は、呆気なく首を横に振った。
「いや、それは無理かな。うちが月代である限りは」
「どういうことだ?」
「月代の在り方は、絃をことごとく拒絶するから」
ぴくり、と士琉は自分の頬が引き攣ったのを感じた。
「確かに絃は、霊力のみを鑑みれば最強の祓魔師になれるだろうね。でも、そういうことじゃないんだよ。そもそも我ら一族は、あの子の存在自体を受け入れられないんだ。継叉ではないことも、妖魔を引きつける体質も、耐え難き嫌悪を生むから」
「嫌悪……だと?」
その返答に、胸の内を不快な黒い靄が覆う。
(ようするに……月代一族は、絃を月代とは認めないと。そう言いたいわけか)
弓彦や燈矢、お鈴が、絃を家族として大切にしているのはわかっている。
それでも、月代一族全体で見れば、絃は常に疎まれてきた存在なのだろう。
継叉ではないから。呪われた体質の持ち主だから。
「……反吐が出るな。あまりにくだらない」
「うわ、珍しっ。隊長が暴言吐いてるとこ、久しぶりに見たかも」
「絃がどれだけ価値のある存在かなど一目瞭然だろう。今回の件だって絃の力がなければお鈴を喪っていた。〝月代の娘〟だから為せたことだ」
最強の祓魔師。その片鱗を、確かに士琉は目撃した。
清廉と立ち、覚悟を決めた顔で弓を引く絃の姿。凛とした佇まいに背負うこの世のものとは思えぬほどのの美しさが、今も瞼の裏に焼きついている。
あのときの絃からは、月代の誇りが感じられた。
月代絃という存在の、本来の在り方を見たような気がした。
だというのに、当の月代は頑なに絃を拒絶する。
それが無性に腹が立って仕方がない。
「弓彦、おまえは──……」
「だからね、私は感謝しているんだよ。士琉殿」
士琉の言葉を遮った弓彦は、この場の張り詰めた空気など気づいてもいないかのように、悠然とした微笑みを湛えていた。
「十年前のあの日、千桔梗にいた士琉殿ならば──。千桔梗の悪夢の真実を知り、絃の真価を心得ているあなたならば、あの子を正しく世界へ導いてくれる。そう思ったから縁談を受けたんだ。そちらの〝利〟がなにであったとしてもね」
「っ……」
「いいんだよ。月代絃という私の宝物が、本来在るべき形で生きることができる環境の提供こそ、この政略結婚における我が〝利〟だから。真実がどうであれ、体裁なんてなんでもいい。まあ、気づいてはいるけれど」
ああやはり嫌いだ、と士琉は苦虫を噛み潰したような心地で嘆息する。
(最初からなにもかもお見通しだと。そう言いたいんだな、この男は)
いったいなんの話だと、怪訝そうな顔をした茜と千隼がこちらを見てくる。
だが、今ばかりは目を見て話せなかった。
この偽りは明かせないのだ。
冷泉のためにも──……己のためにも。
「これだけ言っておくが、後悔はしていない。しない。今後も一生」
「うん。ぜひそうであってほしいものだね」
──だが、絃は違うだろう。
士琉のなかにいる悪魔のようななにかが、そう囁く。
(ああ、そうだな。始まりが異なることなど絃は知らない。憶えていないのだから)
それでも、士琉は憶えている。忘れられない。忘れずにはいられない。
なにせその過去は、すべて今に繋がっている。
なによりもう、引き返せないのだ。