陸幕 恋慕の交錯
お鈴が憑魔に身体を乗っ取られてから、二日後。
冷泉本家の客間にて、その会合は質素に執り行われた。
緊急招集を名目に集められた五大名家の若き傑士たちは、しかし非常に厳粛な空気を纏い、三者三様の面持ちで顔を突き合わせている。
刻はちょうど、太陽が頂点を過ぎた頃。
しかし外は曇天──あいにくの雨模様で、まだ少し先の冬の訪れをいち早く感じさせるような気温だった。士琉の横に座した軍服姿の千隼が、寒いのか、さきほどからときおりぶるっと身体を震わせている。
「着ていろ、千隼」
そばに畳んで置いていた外套を放るように渡すと、なにやら酸っぱいものでも口にしたかのような顔で、千隼はそれを渋々受け取った。
「こういうのは女の子にやってくださいよ。野郎が野郎を心配したところでねえ」
「そう言いつつ着ているじゃないか」
「寒いんで」
そんな士琉たちのやり取りを対面から聞いていた者が、くすりと笑った。そこに姿勢正しく座ってこちらを見る月代弓彦は、たいそうおかしそうに肩を竦める。
「相変わらず仲がいいね、君たちは。他家同士なのに」
「おれと隊長のあいだに家もなにもありゃしないですよ。継特の隊長と副隊長っていう肩書以外、正直関係ないし。とりわけ、おれは次期当主でもないし」
皮肉にも動じずばっさりと返した千隼に、弓彦はまた笑いながら「そうか」と受け流す。自分で言っておいて、その実、大した興味はないのだろう。
月代弓彦は、昔からそういう男だ。
(茜はそろそろ到着する頃合いか。……しかし、まことに変な話だな。月華内にいるはずの茜より、遥か北の地にある月代州からやってきた者の方が早いとは)
なぜ弓彦が月華にいるのかと言えば、なんのことはない。
事の次第を報告するため千桔梗へ伝書鳩を放ったところ、放った鳩がこちらへ帰ってくるよりも先に、弓彦と弟の燈矢が士琉のもとを訪れたのだ。
天狗の継叉である彼らは、なんと空を飛んできたという。
(さすがに月代は常軌を逸しているな……)
千桔梗の郷と月華はそう容易い距離ではないし、その間ずっと継叉の力を持続させるなんて……よもや、考えるだけで身震いするほどとんでもない所業だ。
「っ、すまん。遅れた」
そのとき、客間に通常部隊の軍服を纏った茜が姿を現した。よほど急いで来たのだろう。息を切らした茜は、呼吸を整えながら空いた席に座る。
「おつかれさまでーす、茜姐さん。走ってきたの?」
「まあな。坊たちもおつかれ」
千隼は噴き出し、士琉と弓彦はひくっと顔を引き攣らせる。
「……坊と呼ぶのはやめてほしいと何度言ったらわかるのかな、茜さんは」
「悪いな。癖だ。勝手に飛び出す」
白々しく答えた茜に、弓彦は仄暗い顔つきで「最悪だね」と呟いた。
それについては士琉も無言で同意を示す。
(このやり取りも昔から変わらないな。よいのか悪いのかはわからんが)
幼い頃ならいざ知らず──千隼はまだ受け入れているようだが──すでに二十代も半ばの自分たちは、もう『坊』などと呼ばれる年齢ではない。
まあ彼女は、恣意的にからかって遊んでいるのだろうが。
「そういえば、本当の坊が見えないな。弓彦、燈矢はどうした」
「絃のそばから離れたくないと聞かなくてね。ただ霊力を消費しすぎて眠っているだけだから心配はないと伝えたんだけど、ほら、あの子、絃過激派だから」
「弓彦も人のことは言えないだろうに」
「うん、私も絃過激派だよ。でも、自重はしてる。大人だからね」
士琉と弓彦、千隼、そして茜は、五大名家の者として古い繋がりがある。
千隼は次期当主という立場ではないものの、継叉特務隊で士琉の補佐的立ち位置にあることもあり、弓彦とは以前から面識があった。茜とはもともと昔馴染みであったようで、気軽に『姐さん』と呼んで実姉のように慕っている。