「わたしは確かに月代本家の血を継いでいますけど……。わたし自身が継叉ではないのに、生まれる子どもが継叉である可能性は低いのでは?」

「子どっ……!? はあっ? つまり、嫁がせた姉上に継叉の子どもを産ませて冷泉家の立場を確立しようってわけ!?」

「だから、そう言っているだろうに」

 赤くなったかと思えば、たちまち青くなる。どうにも忙しない反応を見せる燈矢を冷然と一蹴(いっしゅう)し、弓彦は緩慢(かんまん)に袖を払いながら立ち上がった。

「まあ、絃の言うことは(もっと)もだけど。その心配はないと思うよ」

「どうして……」

「月代の血は強いから。それに、冷泉の血を継いでいないといっても、相手の士琉殿はこの国でたったひとりの〝水龍(すいりゅう)〟の継叉だ。仮に月代の血が効力を発揮しなかったとしても、ふたりのあいだに生まれる子は継叉である可能性が高い」

 言いながら、弓彦は絃の目の前に片膝をついた。
 伸ばされたしなやかな指先が、絃の白磁(はくじ)の頬を包むように触れる。正面に()えられた青藍(せいらん)色の瞳には、ひどく情けない顔をした自分が映っていた。

「無理をする必要はないのだけれどね。──どうする? 絃」

 真っ直ぐに射竦(いすく)められ、どくん、と心臓が妙に強く胸を叩いた。

(月代を出て、冷泉に嫁ぐ……)

 政略結婚。
 つまり、双方に利があるからこその契りだ。当主の弓彦が縁談を断らず絃に話を持ちかけてきたということは、受けたいと思っているのだろう。

(わたしが嫁ぐことで、月代にもたらされる利点。まず考えられるのは、他家に月代本家の血を残せることよね。あとは、厄介者のわたしを公的に追い出せる──)

 月代にとっては暗夜(あんや)()にも等しいだろうそれを頭に巡らせたそのとき、ふいに弓彦が「ああ、絃」と絃の思考を両断した。

「言っておくけど、私は絃を追い出したいわけじゃないからね」

 まるで心を読み取ったかのように告げられ、絃は冷や汗を流す。絃を見下ろす炯眼(けいがん)には『まさかそんなこと思ってないよね?』と言わんばかりの圧があった。

「あの、ですが、その……」

「なんだい?」

「い、いえ……お受け、いたします……」

 なにか余計なことを口にしようものなら、笑顔で詰められそうだった。経験則で瞬時にそれを悟った絃は、なかば震えながら(うつむ)きがちに返答する。
 燈矢が「は!?」とぎょっとした顔をするが、弓彦の表情は驚くほど変わらない。

「ちょっ……姉上、本気!? 僕、絶対嫌がると思ってたんだけど!」

「私はそう言うんじゃないかと思っていたよ。絃はとても優しい子だからね」

 まさに対極的な反応をする兄弟に、絃は眉尻を下げた。

「この体質ですから、悩む気持ちはあります。ですが、月代家の名を(けが)しているわたしが冷泉家との政略結婚でお役に立てるなら、と思いまして」

 生まれたそのときから、この月代一族に絃の存在価値はない。
 継叉でもなく、呪われた身を持ち、そのうえ償いきれない罪も背負っている。本当ならば、今すぐにでも消えてしまわなければならない存在なのだ。
 けれど、弓彦や燈矢、侍女のお鈴はそれを許してはくれない。
 こんな厄介者など愛さず突き放してくれればいいのに、彼らはいつだって絃を大切にしようとする。絃はそれがずっと、苦しかった。
 優しさを与えられるたび、慈愛(じあい)を注がれるたびに、絃のなかに根差す罪が(うず)く。それを受け取る資格なんかないのだと、この罪が、痛みが訴えかけてくる。