士琉はくっと眉根を寄せて胸奥に滲む痛みに耐える。
「旦那さま。お願いです。──お嬢さまを愛してあげてください」
「……言われるまでもない」
士琉にとって、絃を愛することは生きる理由そのものだ。
あの日、救いたいと思った。強く。
そのためだけに、すべてを賭けてもいいと心から思った。そうして交わした約束を、生きる糧として、理由として、今がある。
もしかしたら、最初は同情と共に生まれた愛だったのかもしれない。
仲間や家族に向ける類の愛情。
けれどやがてそこに、恋が生まれた。彼女を想う日々が重なれば重なるほどに、焦がれる想いが強くなるほどに、恋は育っていった。
今、士琉のなかにある絃に対する愛は、十年という片想いを経たものなのだ。
そう容易く揺らぐものではない。
誰より、なにより、もはや取り返しなどつかないほどに、士琉はどうしようもなく絃を愛してしまっている。
「俺は絃を心から想っている。その気持ちに嘘や偽りはない」
「……へへ。なら、きっと大丈夫ですね」
お鈴はへにゃりと笑って見せた。
強がりなその笑顔に、士琉も微笑み返す。
(いつかお鈴にも、愛せる相手が──愛してくれる相手ができたらいい)
きっと絃も、それを望んでいるだろう。
主従揃って人のことばかり。自分のことなど後回しで、周囲を愛してばかり。
しかしそんなふたりだからこそ、この婚姻によって引き離してしまわなくてよかったと士琉は心から思った。
絃とお鈴は、きっとこの先も共にいるべき存在なのだ。
せめて、互いの罪の意識が失くならぬうちは。でなければ、きっと絃もお鈴も本当の意味で救われないまま生きることになってしまうから。