肆幕 小夜の現言
絃の私室はちょうど月明かりが差し込む位置にある。縁側に沿った襖を開けておけばそこからかすかに月光が入り込み、暗い室内を優しく照らすのだ。
夜目が利くというのもあるが、昔から絃は夜になると灯りを消して宵に紛れる。褥だったり、窓辺だったり、その日によって違うけれど、膝を抱えて夜を過ごす。
こちらに来ても、それは変わらない。
できるだけ眠らないようにしていた。
眠りについてしまうと、必ず夢を見るから。抜け出せない夢。夢だとわからない夢だ。過去を見るのは恐ろしいし、とても苦しいから嫌だった。
だから、せめてこうして微睡むに留めておけば、夢を見てもすぐに目覚められる。
身体さえ休めていれば、多少睡眠時間が短くとも問題はない。
(トメさん大丈夫かしら……)
士琉から、最近軍都を騒がせている〝憑魔〟のことは聞いた。
絃は屋敷にこもっていたため知らなかったが、月華内ではこの憑魔による火事が相次いでいるらしい。
おそらくは、絃が見たあの赤い瞳の妖魔がそうだったのだろう。人の心身を乗っ取る妖魔など聞いたこともないが、実際に絃はトメの陰から憑魔が飛び出してきたのを目撃している。あれは確かに、絃の知る妖魔ではなかった。
(なにが厄介って、人が人を害する構図ができてしまうことよね)