加えて、人に憑く。憑くというのも継叉特務隊の見解に過ぎないが、どうにも奴らは人を乗っ取っているようなので言い回しとしては適切だろう。
 ひとまず妖魔との区別のために、継叉特務隊では新たな脅威を〝憑魔(ひょうま)〟と呼ぶことに定めたものの、その実態はいまだほぼなにも解明されていない状況だ。
 まあようするに、一連の事件で〝放火犯〟となってしまった者たちは、この特異な妖魔に憑かれ心身を操られた犠牲者ということになる。
 今回、トメは不運にもその一員となってしまったわけだ。

「トメさんって、しばらく拘置所(こうちじょ)に留まってもらうんです?」

「ああ。さすがに、トメだけ特別措置というわけにはいかんからな」

「いくらトメさんに過失がなくとも、便宜上は放火犯として逮捕状を出さなくちゃいけないってのがつらいですね。軍の面目もあるし、しょうがないけど」

 しかし、憑魔の犠牲者には比較的寛大(かんだい)な対応がなされている。事件がなんらかの形で終着するまでの辛抱ではあるが、はたしていつになることやら。
 なにはともあれ、これ以上被害を拡大させないためにも、可能な限り早く解決させたいところだ。

「絃ちゃんたちは大丈夫なんですか?」

「食事などはお鈴もいるし問題ないはずだ。だが、ふたりとも今回の件で不安を強めただろうし、護衛を雇おうか検討している」

「護衛ねえ……。でも、茜姐さんみたいな人は防げないでしょ。本気だって言ってましたけど、どうするんです? 油断してたら取られちゃいますよ」

 昼間のことを思い出し、士琉は思わず眉間に深い皺を寄せる。

(あれは、久しく不快だった)

 感情に制御が利かなくなったのは、はたしていつ以来だろうか。冷静になってから己の言動に驚くほど、士琉はあのとき、ひどい焦燥(しょうそう)のなかにあった。

「……絃は俺の妻だ。誰にも渡すつもりはない」

 氣仙家の次期当主、氣仙茜。
 彼女とは次期当主という立場同士、幼い頃からの付き合いがある。灯翆月華軍の通常部隊に所属しているため、普段はそこまで関わることはないものの、やはり五大名家絡みのことがあるたびに顔は合わせていた。
 茜は〝飛縁魔(ひのえんま)〟というあやかしの継叉だ。
 溢れ出る色香で相手の思考を鈍らせ惑わす──それは、なまじ容姿端麗な茜にやらせると厄介な能力で、対人間に真価を発揮する。
 妖魔相手には効果がないため、所属は継叉特務隊ではなく通常部隊だけれど。

(茜の術に魅了されていた絃の表情は、完全に陶酔(とうすい)していた。一歩遅ければ、思うがままに陥落(かんらく)していたかもしれない)

 ……正直、思い出すたびに頭痛がする。

悪戯(いたずら)でそういうことをする性質(たち)ではない、というのが恐ろしいな)

 茜自体は決して悪い人間ではないが、とにかく扱いにくい相手ではあるのだ。
 目的を果たすために必要なら、敵も味方も見境がなくなるから。
 もし本当に茜が絃を自分のもとへ引き入れるつもりなら、今後彼女とは絃の件で対立することになってしまう可能性もある。できればそれは避けたいところだが。

「しかし、こうも苦労をかけてばかりだと愛想を尽かされそうだな……。いくら絃が優しいとしても、さすがに月華が嫌になったかもしれないし」

「……うーん。おれは、お鈴ちゃんの方が気になりますけどねえ」

「お鈴? ああ、そういえばおまえは、よくお鈴と絡んでるな」