「どちらにしても絃ちゃんたちには隠せることじゃないし、いいですね? 隊長」
「……ああ。詳細はあとで改めて俺から話す」
「そうしてください」
千隼は神妙に頷いて返すと、絃、そしてお鈴を順に見る。
そして、数拍の間ののち、重々しく告げた。
「──先刻、空き家への放火の疑いで、トメさんに軍から逮捕状が出たんだよ」
◇
あれから駐屯所に戻り、忙しなく日中に勃発した事件の後処理に追われた士琉たちがようやく腰を落ち着けることができたのは、日付が変わろうという頃だった。
「ひとまずよかったですね、トメさんが目覚めて」
「ああ。自分に逮捕状が出ていると知って、また気絶しそうになったらしいがな」
「当然でしょ。目覚めたら身に覚えのないことで捕まってんだから。俺だったら絶対に騒ぎまくりますよ。冤罪だーって」
逮捕状が出されているとはいえ、意識を失っていたトメは、いったん継叉特務隊預かりの重要参考人として保護することになり、駐屯所内の医療所へ運ばれていた。
医者の報告によれば、幸いにも身体に異常は見られないらしく、さきほど目覚めてからは意識もしっかりしているらしい。
それはなにより、なのだが。
「しかし、まさかトメが件の犠牲者になるとはな……」
眉間を指先で揉みこみながら、士琉はげんなりと瞑目する。
「冷泉家としては大丈夫なんですか? そのへん」
「無傷というわけにはいかないだろうが、幸いにも前例があるからな。事件の真相が明らかになれば、どうにでも表明はできるんじゃないかと踏んでいる。今回火事になった場所が空き家で怪我人が出なかったのは、不幸中の幸いだった」
ここ最近、月華では不可解な放火事件が相次いでいる。
そもそもの事の発端はひと月前、月華西小通りに店を構える甘味処『紅香』にて起こった小火騒ぎだった。
小火の原因は〝突然暴れだした店主が灯篭を倒したから〟という、一見して不注意とも取れそうなものである。本来なら、事件として処理するほどでもない。
だが、不可解な点があった。
暴れ出した直後、なんの前触れもなく突然意識を失った店主が、目覚めたとき〝なにも覚えていなかった〟のだ。
自分が暴れていたことも、灯篭を倒したことも、小火騒ぎになっていたことも記憶にない。なんなら、その前後の記憶さえも曖昧ときた。
店主は『大切な自分の店に火をつけるわけがない』と反論したようだが、実際にその様子が目撃されている。結局、最初に対応した警吏は、医者からの助言も得て店主がなんらかの病を患ったがゆえの異常言動だろうと処理したらしい。
まあ、もしもこの件だけで終わっていたなら、それで済んでいただろう。
だがその日を境に、似たような事件が月華内で多発するようになったのだ。
そうなれば、さすがに悠長にしていられない。
何件か相次いだ妖魔らしきモノの目撃証言を踏まえ、継叉特務隊で総力を上げ調査したところ、どうにも妖魔が関連する事件らしいという結論に至った。
──らしい、というのは、今回問題となっている妖魔が、士琉たちの知る妖魔と異なる生態をしているからである。
(今回、絃たちが目撃したらしいモノも一連のやつらと同じようだった)
奴らは個体によって造形こそ異なるが、基本的に闇の凝塊だ。知性が著しく低く、本能的に敵を認識し襲おうとする。本来、逃亡することはない。
だが、一連の事件で目撃されている妖魔はまず第一に赤い目を持っていた。