身に纏う軍服は、灯翆月華軍のものだ。胸元の紋章が一紋であることを見ると、継叉特務隊ではなく通常部隊に所属する者だろう。
 そこまではよかった。絃とお鈴が思わず言葉を失うほど驚いてしまったのは、その者の体の線がどこからどう見ても〝女性〟のものだったからである。

「倒れたのか。お嬢さん方、その瞬間に居合わせたか?」

 絃もお鈴も頭を振る。それを見た彼女はそばまでやってくると、迷う様子もなく地に片膝をついて、素早くトメの状態を確認し始めた。

「意識はないが、呼吸は安定しているし脈も問題ないな。外傷もない。頭を打ったというわけでもなさそうだ。そこまで急を要するわけではなさそうだが……」

 ふむ、と思案気にトメを数秒見つめた彼女は、次の瞬間、いとも容易くトメを横抱きにして立ち上がった。
 絃とお鈴がぽかんと見上げれば、彼女は目許を和らげて見下ろしてくる。
 その明眸(めいぼう)に鋭さはなく、むしろ労るような優しさが感じられた。

「名乗り遅れたが、私は氣仙(あかね)という。士琉とは〝次期当主〟繋がりで少々縁があってな。決して怪しい者ではないから、お邪魔してもいいだろうか」

「あ……は、い……」

「ありがとう」

 ──五大名家のひとつ、氣仙家。
 先日、士琉との会話に出たばかりの相手だ。
 士琉の頼みで屋敷に結界を張ってくれたという、氣仙家の次期女当主。
 まさかこんなにも早く対面することになるとは思っておらず、絃はしばし状況を呑み込めないまま、呆然と茜を見つめた。

「お嬢さま、氣仙家の次期当主の方って軍士だったんですね。なんというか、すべてが格好よくて見入ってしまいました。同じ女性だとは思えませんっ」

「そ、そうね……」

 興奮したように言うお鈴に、絃は曖昧な会釈をするのが精いっぱいだった。
 どこか慣れた様子で屋敷へと入っていく彼女の後ろ姿を見ながら、どうにも落ち着かない気持ちで、絃は服の上から胸元をきゅっと握り込む。
 心臓が妙にざわついていた。決して気のせいなどではなく、初めてここに来た日以来感じていなかった不快な靄つきが、ふたたび胸中を覆い始めている。

(……なんだか、すごく苦しい)

 彼女の軍服を見たとき、一瞬、士琉が来てくれたのかと思った。けれどそうではないとわかってから、どうしてか彼女の隣に立つ士琉の姿ばかりが頭を過る。
 格好よくて、美しくて、まるで絵画のようなふたり。その光景を見たことはないはずなのに、容易に想像できてしまうくらい、お似合いの男女。

「お嬢さま? やっぱり体調が──って、なんで裸足なんです!?」

 思わず俯いた絃の表情を覗き見たお鈴が、ふいに絃が裸足であることに気づいた。
 とっさのことで履物まで頭が回らなかったのだ。妙に足裏がちくちくするのは、砂利かなにかが刺さってしまったのだろう。

「大丈夫よ。……大丈夫」

 着物から覗く足先は、細く頼りなかった。
 長年の引きこもり生活で日差しを知らない肌は陶器のように白いが、それがなおのことか弱さを引き立てる。彼女のような、力強い美しさはない。
 今さらながら、こんな自分が士琉の隣に立つ人間でいいのかと、どうしようもない羞恥心が生まれ出す。
 じわり、と頬が赤くなって、絃は唇を引き結んだ。

(……士琉さまは、わたしになにか求めたところでなにも返せないと最初からわかっているから、ただそばにいるだけでいいって仰ったのかもしれない)

 やはり、今朝のあれは勘違いだったのだろう。すべてにおいて完璧な士琉が、なにも持たない厄介者の絃に、よりにもよって〝恋心〟を抱くわけもない。