「道中なにかあったらと思うと、心配だった。到着を待つあいだ、ずっと気が気じゃない思いをするよりは、自ら迎えに出た方がいいと判断したんだ」

 士琉はどこか気まずそうに目を逸らしながら肩を竦めた。

「そうしたら、なぜかうちの──継特の者たちが、自分たちも護衛に行くと言い出してな。結果的にこのような形になった」

 継特とは、継叉特務隊の略称だ。
 となると、やはり駕籠舁とは仮の姿であったらしい。
 継叉特務隊の軍士ならば、弓彦が護衛として任せるのも納得だった。
 なにせ継叉特務隊は、妖魔を討伐するために結成された特殊部隊。祓札ではなく霊刀を用いて戦うため、根本的に月代の祓魔師とは戦い方が異なるけれど、対妖魔戦においては専門職である彼らの右に出る者は存在しないだろう。

「俺だけでも十分だと言ったんだが」

「隊長の奥さんですよ! 絶対にお護りしなきゃいけない方じゃないですか!」

 話を聞いていたのだろう。それまで一度も口を開かなかった駕籠舁のひとりが、あっけらかんと笑いながら割って入った。
 その彼の隣に立っていた駕籠舁も、ひょいっと肩を竦める。

「いやまあ、どう考えても俺らは要らなかったけどな」

「いいんだよ。年中休みも取らず仕事してる隊長が、初めて休暇申請したんだぞ。それほど大事になさってる相手の護衛なら、何人いたって足りないくらいだって」

「少なくとも足としては役立ってるしね。完璧な隊長へ恩返しできる機会なんてなかなかないから、俺らは逆に幸運だったよ」

 あえて(しゃべ)らないようにしていたのだろうか。一度口を開いたら止まらない三名の駕籠舁たちを、いちばん年若く見える駕籠舁の少年が「ちょっと」と睨(にら)んだ。

「仕事中です。私語は厳禁ですよ、先輩方」

 首の後ろでひとつに(くく)った長髪を揺らしながら諫言(かんげん)し、彼は深く嘆息(たんそく)する。

「隊長、今後のご指示を」

「ああ。──今宵(こよい)はこのまま行こう。おまえたちには無理をさせるが、妖魔境で野宿はあまりに危険だからな。なるべく早く抜けてしまいたい」

「御意」

 少年の返事に頷くと、士琉は改めて絃に向き合った。どこか千桔梗に似た瑠璃色の瞳は、宵のなかでも不思議なほど鮮やかに浮かび上がっている。

(なんだか、頭がふわふわす……──!?)

 いまだ状況を呑み込みきれずにいた絃は、しかしふいに抱き上げられ、おおいに面食らった。驚いている間もなく、姫駕籠のなかにそっと降ろされる。
 狼狽えながら見上げると、士琉の大きな手に優しく頭部を包み撫でられた。

「絃嬢。言うまでもないが、先のアレを自分の体質のせいだと思わないでくれ」

「えっ……」

「ここはそもそもそういう場所だろう。時刻的にも現れて当然なんだ。君が貼っている護符はちゃんと効果を発揮しているし、なにも問題ない」

 まるで心を見透かしたような言葉に、絃はなにも返せず俯いた。
 その反応を見てようやく我に返ったのか、かたわらでずっとぽかんとしていたお鈴が「そうですよ!」と慌てたように続く。

「お嬢さまのせいじゃありません。そもそも夜は妖魔の活動時間帯ですし!」

「そ、れは……」

 確かにそうだ。
 妖魔の発生原因が必ずしも自分の体質によるものではないことくらい、絃とて理解している。だが、それ以上に己への不信感の方が大きかった。

(もし、今の妖魔による襲撃がわたしのせいではなかったとしても、次はわからない……。この引き寄せてしまう体質のせいで、また、誰かを)

 だから、出たくなかった。