「引きつける体質で集まりはするが、近づけば祓われるという危機感ゆえに避けるんだ。絃の霊力は月代でも群を抜いているらしいから、さすがの妖魔も絃の霊力の強さを本能で察知しているのではないかと。まあ、憶測だが」

「な、なるほど……?」

 納得しきれたわけではなかったが、そう言われればそうなのかもしれない。

(兄さまや燈矢も霊力は強かったはずだけど、きっと兄さまたちは避ける避けないの問題に達する前に、妖魔を討伐してしまうのよね)

 引きつけてしまう体質ゆえに、なおのこと妙な構図ができてしまっているのか。

「なんにせよ、俺が絃を護る以上はあまり関係ないんだがな」

「士琉さま……。ありがとうございます」

 胸の奥がほっこりと温かくなるのを感じながら、絃は笑う。

「トメさんも無事にお戻りになられましたし……。憑魔の件も、このまま無事に収束してくれるといいですね」

「ああ、絃が浄化してくれたおかげだ」

 絃が放火好きな憑魔を浄化したことで、一連の騒動はいったん落ち着いている。
 赦免(しゃめん)され、先日無事に士琉の屋敷へ戻ってきたトメは、火事に見舞われた本家に絃やお鈴がいたことを知ると、たいそう心配してくれた。
 そして今、彼女の過保護は、日に日に増しつつある。

「まあ、トメの件は、早々に片をつけてしまいたかったというのもある。これからしばらく、家の方がばたばたするだろうしな」

「そうですね。士琉さま、急にご当主になられることになりましたし……」

 憑魔に乗っ取られたことで身体に負担を強いられた桂樹は、その後無事に目覚めたものの、あまり体調が芳しくない状態だった。
 もとより病を患っていたこともあり、医師とも相談して今後は療養に専念した方がいいという話になったそうだ。
 そして急遽、士琉へ当主の座が譲り渡されることになったのだという。
 ちなみに冷泉本家は燃え尽きてしまったため、現在は士琉の屋敷にて療養中だ。

「まあ、多少早まったとはいえ、いつかはやってくる日だからな。これまでも動けない父上の代わりに当主の仕事はこなしていたし、そう生活が変わるわけではないはずだ。……絃との祝言がしばらく挙げられそうにないのが(しゃく)だが」

「しゅ、祝言なんて、いつでも問題ありませんから。そもそも、婚姻だってまだ……」

「いや、それはその、絃の気持ち次第というかな」

 気まずそうに返ってきた言葉に、絃はきょとんとしてしまった。目を丸くしながら士琉を見つめると、困惑したような眼差しが返ってくる。

(あ、れ? そういえばわたし、士琉さまになにもお伝えしていない……?)

 ふと思い至って、絃は愕然とした。
 あまりにも相次ぐ事件の最中で気づいた想いだったからか、ついとっくに伝えたものだと思い込んでいた。否、おそらく似たようなことは口にしているが、やはりはっきりと言葉にして告げたことはない。
 それは士琉も戸惑うだろう。
 焦った絃は、自ら手を伸ばして隣の士琉の手を取った。
 今日は例の革手袋はしていない。無防備な、素の手だ。手の甲に浮かぶ傷をそっと撫でると、士琉がわかりやすく身体を強張らせて身じろぎをする。

「い、絃? どうした、急に」

 思えば、こうして自分から士琉の手を取ったのは初めてかもしれない。
 手を伸ばせば届く距離。そんな距離に士琉がいる。
 その現在(いま)が、絃はとても幸せだった。

「ちゃんとお伝えできていなかったから……言わせてください、士琉さま」

「な、」

「わたし、士琉さまが好きです。──愛しています」

 しん、と。