終幕 とこしえの誓い


「本当に、驚きました。まさか、あの燈矢が継特を目指すと言い出すなんて」

 冷泉本家における火事騒ぎから、しばらく。
 ようやく落ち着いてきた頃を見計らって、絃と士琉はふたたび月華の外れにある千桔梗の泉へやってきていた。
 今宵は繊月──三日月だ。そのぶん夜の色は深いが、千桔梗はわずかな月明かりでもほのかな光を発している。幻想的に浮かぶ空間は、相も変わらず美しい。
 泉近くの大岩に並んで腰掛け、絃は水面を見つめながら笑う。

「士琉さまに憧れたそうですよ。士琉さまみたいになりたいから、入隊条件である十六歳になるまでにもっと修行すると言っていました」

「俺か……。いや、燈矢ならい優秀な軍士になるだろうが、複雑な気持ちだな。俺は今回、そこまで憧れられるような姿は見せられていないと思うが」

「そんなことありません。とても、格好よかったです」

 波の花とに紛れて瞬く光から士琉へ視線を戻し、絃は顔を綻ばせる。

「……あまり、褒めないでくれないか。自惚(うぬぼ)れてしまう」

「ふふ。でも、本当のことですから」

 燈矢が士琉の認識を改めるのも、当然と言えば当然なのだろう。あれほど圧倒的な強さを見せつけられたら、燈矢の矜恃が揺さぶられないはずもない。
 弓彦は「まったく単純だね」と呆れていたけれど、反対はしなかった。
 彼曰く、月代もいい加減、外の世界と関わっていかなければならないという思いが長らくあったらしい。
 しかし、古き一族の者たちがすぐに変化を受け入れられるわけもないので、手始めに本家の絃と燈矢からという打算だと燈矢が付け足していた。

「そうだ。ひとつ……絃が妖魔を引きつけながらも避けられる理由なんだが」

 はっとした。それはまさに、ずっと不思議に思っていたことだったから。

(千桔梗の悪夢の日も、郷を出てから妖魔と遭遇したときも……いつもわたしは、無傷だった)

 引きつけてしまう体質であるにもかかわらず、いざ集まってきた妖魔たちは、一定以上の距離を保ち、それ以上は近づこうともしなかった。
 しまいには絃から近づくと避ける始末だ。さすがに、違和感があった。
 どうやら士琉も、同じように疑問に思っていたらしい。

「単純な話なんだが……あれはおそらく、絃の霊力が強いからだろう」

「れ、霊力、ですか?」

 それはまた、どういうことだろう。
 言葉を咀嚼しきれず目を瞬かせると、士琉は思案気な顔で頷く。