なにやら茫然としたまま固まっていた燈矢は、士琉に問いかけられてようやく我に返ったらしい。やや挙動不審ながら頷いて、勢いよく立ち上がってみせた。

「あまり派手に動くな。傷が開くぞ」

「っ……すみません」

 なにやらずいぶんとしおらしいような気がした。それどころか、しゅんと肩を落とし縮こまらせた燈矢に、思わず絃と士琉は深刻な面持ちで顔を見合わせた。

「いかん。出血多量かもしれない」

「はい、燈矢がこんな反応おかしいです。急いで医療班に診てもらわないと……!」

 なにはともあれ、脱出が優先だ。
 燈矢のためと思えばどうにか力が戻り、絃は足腰を叱咤して立ち上がる。
 その疲労は、不思議と、心地よかった。



「お嬢さま……!」

 屋敷を脱出した絃たちのもとへ、いちばんに駆け寄ってきたのはお鈴だった。
 着物も顔も煤汚(すすよご)れたまま。しかし、さきほどのようにぐったりはしていない。

「お鈴、大丈夫なの……っ?」

 こちらが転びそうな勢いで思いきり抱きつかれ、絃は驚きながら尋ねる。
 だが答える余裕もないのか、お鈴は幼子のように声を上げて泣き始めてしまった。
 その後ろから追いかけてきた海成が、お鈴を横目に一瞥しながら敬礼する。

「奥さま、隊長、ご無事でなによりです。お鈴さんですが、身体の方は大事ないとのことで。千隼副隊長も現在治療を受けていますが、命に別状はないと」

「そうか。──絃、すまんがお鈴とここにいてくれるか。燈矢と父上を医療班のところへ連れていってくる」

 士琉の声掛けに頷いて返しつつ、絃はお鈴の背中を撫でる。
 海成の先導で士琉たちが離れていくや否や、お鈴はぐずぐずと鼻を鳴らしながら涙で濡れた面を上げた。

「お、お嬢さまが、無事でよがっだ……! うぐっ……もう、どうしようって……お嬢さまになにがあったら、お鈴は生ぎて、いげないのにぃ……!」

 鼻声で聞き取りづらいが、相当気を揉ませてしまったのは伝わってきた。
 けれど、それはこちらの台詞だと、絃は珍しく怫然(ふつぜん)としながら思う。

「それはわたしも同じよ。お鈴がわたしを捜して燃え盛る屋敷に飛び込んだって聞いたとき、本当に怖かったんだから」

 また喪ってしまうと、怖くて怖くて、仕方がなかった。

「……あ、あの日のこと、思い出したんです。それで、身体が勝手に動いてて」

「それは……千桔梗の悪夢のこと?」

「はい」

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、お鈴は頷く。

「お鈴……意識が遠のいていく瞬間を、覚えているんですよ。泣いているお嬢さまがそこにいるのに、どんどん身体が言うことを聞かなくなって。視界から、お嬢さまが消えて。ああこのままじゃお嬢さまを喪ってしまうって、あのときの絶望と喪失感を、ずっと覚えているんです。お鈴は、護れなかったんだって……。だから、今度は! 今度は、絶対に、護らなきゃって……っ」

 茫然とお鈴の言葉を聞きながら、絃はぎゅっとお鈴の手を握った。

「お願いだから、そんなふうに思わないで……。お鈴がいるから、今のわたしがあるの。お鈴がいなかったら、生きるのさえやめていたかもしれないのに」

「な、なに言ってるんですか! お嬢さまが生きてなきゃ、お鈴は……っ」

「うん。だから、だからね。わたし、お鈴と一緒に生きていきたいの」

 ただ真っ直ぐに、どうか届くように祈りながら、絃は本当の思いを伝えた。

「お鈴が嫌なら、離れようと思ったの。暇を出そうと思ってた。でも、やっぱりわたしはお鈴がそばにいてくれなくちゃ……」

「やですっ!」

「えっ」