「──絃。君を頼りにするのは不甲斐ないんだが……どうか、頼めるか。父上は俺にとって大切な存在なんだ。このように喪いたくはない」
「はい、士琉さま」
絃は迷いなく答える。
(はじまりは政略結婚だったけれど……。わたし、冷泉家に嫁いでよかった)
士琉や千隼、トメ、桂樹──他にも、たくさん。結界を出てから出逢った人々はみなとても温かくて、こんな厄介者を邪険にせず受け入れてくれた。
まだ心の奥底には戸惑いも迷いもある。
けれど、そうして与えられた愛を否定するのは、もうやめにしようと決めた。
他でもない士琉が、こうして絃を信じて、頼ってくれるから。
居場所を作ってくれた彼と、これからも一緒に、生きていきたいから。
「わたし、きっと桂樹さまを救ってみせます」
「ああ。頼む」
士琉はふっと口角を上げて頷くと、ふたたび刀を構えた。
こういうとき、きっと多くの言葉など必要ないのだろう。士琉は絃の力を信じてくれていて、絃もまた士琉の強さを信じているから。
(弱くて、臆病で……こんなにも情けないわたしを、士琉さまはずっとずっと想ってくださっていた。わたしは、その気持ちに応えたい)
変化は、とても恐ろしいけれど。
──強くなりたいのならば、覚悟を決めるしかない。
「わたしの〝いと〟は破魔の〝いと〟──。わたしだって月代の者です。戦い方は異なるかもしれないけれど、わたしはわたしにできることにすべてを賭けます」
言い聞かせるように紡いで、絃は弓を構える。
危機感を抱いたのか、桂樹が勢いよくこちらを向いた。だが、邪魔は許さんと言わんばかりに、士琉がすばやく水流を操り桂樹の身体を瞬く間にからめとる。
その隙を、絃は見逃さなかった。
(戻ってきてください、桂樹さま)
この前よりも気持ちが落ち着いているおかげで集中できた。
ただ全身を流れる霊力を放つだけではなく、一本の矢に見立てて弦を離す。
ビィィィィィンッ!
空間を切り裂くような音が鳴り響き、霊力の矢が一直線に桂樹の身体を貫いた。
その瞬間、桂樹の体ががくりと崩れ落ちる。
だが、目にも止まらぬ速さで飛んだ士琉が、桂樹を受け止めた。
絃はほっと安堵の息を吐き出して、構えていた弓を下ろす。士琉が刀を鞘に納める音が鼓膜を揺らした瞬間、しかし絃は腰が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。
「絃!」
「姉上っ!?」
ふたりが慌てたように駆けつけてくれる。
けれど、お鈴のときのように意識を失ったわけではない。今回は霊力の出力を集中して操作できたおかげか、多少の重怠さ程度で済んでいた。
ただ、ほっとしたのだ。もう大丈夫だと思ったら、足腰から力が抜けてしまった。
「終わった、のですよね……?」
「ああ。終わった。絃はやはりすごいな」
「そんなことありません。士琉さまの方が、ずっとずっとすごいです。でも──わたしを信じてくださって、ありがとうございました」
「俺の方こそ。絃がいてくれてよかった」
面映ゆくてへにゃりとはにかむと、士琉も微笑みながら頭を撫でてくれた。
だがすぐに表情を切り替えた士琉は、すばやく周囲へ視線を走らせる。
「とりあえず外に出よう。ここは危険だ」
「そ、そうですね。桂樹さまも心配ですし、お鈴たちのことも気になります。燈矢の怪我の治療もしなくちゃいけませんし、なによりここは危険ですから」
「燈矢は歩けるか」
「えっ……あ、大丈夫……です。このくらいなんてことないし……」