灯翆月華軍を率いる者として、継叉特務隊の隊長として、冷泉家次期当主として逃れられない選択なだけ。
 けれども、そんなのあんまりだ。
 護られる者は確かに多くいるけれど、士琉は一生消えることのない傷を負う。
 そうしてひとり、計り知れない痛みを抱えながら生きていくことになる。
 優しい士琉は、それすらも受け止める覚悟を持っているのかもしれないけれど。
 でも、使命のためと己の心を犠牲にした彼を、絃は見たくはないのだ。

(大切な人が傷つけば傷つくほど、自分も同じくらい、傷つくから)

 喪うことの恐ろしさを知っている。その哀しさを、傷の痛みを知っている。
 大切な相手を殺さなければならない世界なんて、あってはならない。

「姉上?」

 静かに立ち上がった絃は、胸の前で両手を握りしめながら剣戟(けんげき)を交わす冷泉の者たちを見つめる。一見、士琉が追い詰められているようだが、違う。
 むしろ、逆だ。
 これだけ派手な戦闘の渦中なのに、こちらへいっさい危害はない。士琉は絃たちを確実に護りながら戦っている。桂樹を傷つけない程度にあしらっている。

 ──……士琉は、強いのだ。あまりにも。

 いつなんどきでも、圧倒的強者としての余裕がある。

「……燈矢。わたし、やっと自分の価値を見つけた気がする」

「え、どういうこと?」

 お鈴の憑魔を祓ったときも、心のどこかで感じていたのだ。
 ここには、自分にしかできないことがあるのかもしれないと。
 それは弓彦から与えられたお役目などではなく、生まれ落ちた在り方を示す宿命のような感覚とでも言うべきか。
 絃が生まれながらに背負ってきた多くの枷が、むしろ糧に、武器になるような自分だけの価値。なによりも欲しかった、己の存在の理由。

「ずっと、わからなかったの。自分の存在価値……生きている理由が」

「っ、なにを……!」

「だってわたしは……かの月代に生まれながら、継叉ではなくて。魔を祓う一族なのに、むしろ引き寄せてしまう呪われた体質で。挙句の果てに、兄さまと燈矢から……月代一族から、父さまと母さまを奪ってしまったでしょう?」

 絃の四肢を罪という鎖で縛りつけているそれらは、今も変わらない。
 きっと一生、背負っていくものだ。たとえどこにいても──どこに逃げても、月代絃という人間が在る限り、影のごとく纏わりつく。

「……そんな罪を背負いながら、どうしてわたしは生きているんだろうって」

「っ、姉上」

「なんのために、誰のために、わたしはこの世界に存在しているんだろうって。結界のなかで千桔梗を見ながら、いつも、考えてた」

「姉上っ!」

 ぐい、と燈矢に強く腕を掴まれる。ふらつきながらも立ち上がった燈矢は、痛みを堪えているのか、まるで幼子のように今にも泣きそうな顔をしていた。

「姉上は……もしかしてずっと、死にたかったの?」

「…………」

 震えた声で尋ねられ、絃はなにも答えられないままに小さく微笑んだ。

 ──死にたかった。

 でも、怖かった。死ぬのは怖い。恐ろしかった。
 目の前で命を落とした母を見て、死がどれほど恐ろしいものか痛感したのだ。
 残される側に、どれだけの痛みが生まれるのかを知った。自分を大切に思ってくれる人に、この耐え難い痛みを与えてしまうのは嫌だった。
 どれだけ絃が望まずとも、弓彦も、燈矢も、お鈴も、本当に絃のことを大切に思ってくれている。それがわかっているからこそ、容易に死ぬことはできなかった。