まるで生きているかのようなそれに絃が驚いて硬直していると、士琉は水龍を各方面へ放ちながら、どこか不敵な笑みを浮かべてみせた。

「水は変幻自在だからな」

 士琉が操る水龍たちは、廊下の板の間に蔓延る火を辿り、己の水分で消火しながら泳いでいく。消火作業にしてはあまりにも美しい様に、思わず絃は息を呑んだ。

「絃は俺のあとに続いてくれ。異常があったらすぐに知らせるように」

「はい」

「おそらく火元は東側だ。そちらへ向かうぞ」

 早口で告げると、士琉は東側へ繋がる通路に水龍を放った。さきほど作り出した水龍よりも二回りほど大きなそれは、廊下ごと呑み込むように勢いよく泳いでいく。

(っ……熱い)

 足元に蔓延っていた炎の(つる)が瞬く間に消え失せ、熱をはらんだ水蒸気でむせかえりそうになる。だが、士琉が新たに生んだ水龍が、丸ごとそれらを取り込んでくれた。

「すごい……。すごいです、士琉さま」

 五大名家の生まれではないにもかかわらず、ここまで力の強い継叉がはたして他にいるだろうか。その底知れなさに背筋が冷たくなるような、胸が熱くなるような相反した思いを抱きながら感嘆の声を上げると、士琉は無言のまま絃の頭を撫でた。

「誰かいないか!」

 早足で歩き出した士琉を追いながら、絃は祈るような気持ちでお鈴たちを探す。
 だが、幸か不幸か、人の気配は感じられなかった。

「誰かいませんかっ! お鈴、どこにいるの!? 燈矢……っ! けほっ……」

 絃も精いっぱい声を張り上げるが、手拭いで押さえているせいか響かない。
 どれだけ気をつけていても、わずかな隙間から煙が入り込んでくる。眼球にも沁みるせいで視界が滲み、絃は何度も瞬きをしながら懸命に目を凝らした。

「絃、やはり君は戻った方がいい。俺がみなを必ず助けるから」

 心配で堪らないのだろう士琉は、ひどく沈痛な表情で言う。
 しかし、絃は首を横に振り、大丈夫だと強い意思を込めながら士琉を見上げる。

「進みましょう、士琉さま」

 むしろ、これほど煙が充満している環境にお鈴たちが残っているという事実の方が恐ろしかった。
 早く助け出さなければ、本当に手遅れになってしまう。
 決意が固いことを察したのか、士琉はままならない様子で前髪をかき上げた。

「時間がない。少し走れるか」

「はい」

 士琉と並んで鎮火された廊下を駆け出す。焼け焦げた板の間を挟んで並ぶ左右の部屋に人影がないか確認しつつ進むが、どこにもお鈴たちの姿はない。
 しかし、廊下の突き当たりまで辿り着いたときだった。
 さらに奥部からガン!となにかが激しくぶつかるような衝撃音が(とどろ)いて、絃と士琉は思わず足を止める。

「っ、なんでしょう?」

「わからんが、この先は──」

 士琉が最後まで言い終わる前に、今度はすぐ近くで墜落音が相次いだ。
 一度顔を見合わせ、警戒しながら廊下の角を曲がる。そこに転がっていたのは(すす)焦げた木材の数々だった。どうやら壁や天井の一部が燃えて折れてしまったらしい。

(このまま火が回り続けたら、屋敷が崩れてしまうかもしれない……)

 最悪な想像をしてしまい、ぞくっと背筋を冷やす。
 そのときだった。曲がった先の廊下沿いにある三つ目の部屋から、誰かがよろめきながら現れたのは。

「千隼!」

「っ、千隼さん! お鈴っ……!!」

 明るい髪色と獣の耳。二股の尾。顔は煤で汚れていたが、間違いなく千隼だ。
 ふらつく彼はぐったりとしたお鈴を背負っており、絃は悲鳴じみた声でふたりの名を呼びながら駆け寄った。