「は……。大変申し訳ありません。我々の管理不行き届きで、まさか黎が影小路の姫様に無体を働くなど……」

嗣さんは、小さくなって今にも消えてしまうんじゃないかという雰囲気だ。

「いや、色々と違うでしょ、それ。まず黎が真紅(まこ)を助けた前提がないと、真紅は生きて影小路姓になることもなかった」

話がかなり逸れるからそこには触れないけど、現在、陰陽師の二大大家(たいか)と呼ばれる二つの流派がある。

月御門(つきみかど)家が率いる御門(みかど)流と、影小路家の小路(こうじ)流だ。両家とも、司家の直属の配下になる。

そして小埜家は、小路流に連なる陰陽師の家柄。

けど嗣さんは陰陽師としての力は皆無で、その息子の澪(みお)も同じく。小埜家現当主である嗣さんの父、古人(ふるひと)さんで、小路流小埜家は絶えるかと言われていたりする。

栄枯盛衰。人間も家も、そうやって滅んでいくのかな。

だから嗣さんからしたら、直属の上司の更に上司が殴り込みにきた感覚なのだろう。

「影小路家に関することは、小路一門に一任してあります。小路の次代や、それに関わることに私たちが口を出すつもりありません。今のところ」

びくっと、嗣さんの肩が跳ねた。

こーいうとこで釘、刺しておかなきゃいけないんだよな。

國陽に頼まれた『ガンつけ』とはこういうことだ。

「私たちが問題視しているのは、桜城(さくらぎ)内部での当主争いです。小埜の配下に下ったとはいえ、桜城は古来より鬼人(きじん)の血筋。内部で無用な争いが起これば、波及するものもある。そのあたりの監視を、直属の主家であるあなた方にお願いしたい」

「は。……桜城家で揉めずに次代当主を選出致させます。しかしそれにも、國陽様以下、司家のどなたも口をお出しにならないと、そうとってよろしいのですか?」

「いいですよ。今のところは」

まー桜城で当主争いが起こっても、司の古狸どもは高みの見物だろう。

密室であれこれ話だけして、採決を國陽に仰ぐ。

その決断を請けて現場に出るのは俺だ。

でも、『國陽』が現場主義というパフォーマンスも大事だったりする。

國陽は生まれた時から当主になることが決められていて、当主襲名前から『当代』と呼ばれていた。

それは、司家の中でただ一人だけの呼称。

いつもいるわけではない、國陽の魂に捧げられた呼び方だ。

そういう存在の國陽が当主となることに反対する者はいないけど、好評価しかつかない存在がいないように、國陽への評判が良いものだけあるはずもない。

けれど、國陽が『龍の心臓』を離れることが難しいことも事実。

だから、従来の当主にはいなかった俺という『影』が必要とされた。