「みんなってさぁ、進路決まった?」
その言葉はやけに大きく響き、昼食時の和気あいあいとした雰囲気は、急速に失われていった。心なしか、教室にいる別のグループの空気も、少し落ち込んだようだった。
「進路なぁ……」
「一応考えてはいるけど、中々」
「悩んでるかなぁ」
「あたし決まってる」
ほとんどが口を濁す中、一人だけ、はっきりとそう言った。注目が集まる。
アオも食事の手を止めて、思わずその子を見た。
個人対個人での深い関わりはないものの、教室で見せる日頃の態度から、その子が何を好きなのかはおぼろげに知っている。案の定、その子は言った。
「ネイルコースある専門学校。県外になるけど」
「良いよなぁ。好きなことある奴。俺何もねぇわ。いやあるっちゃあるけど、仕事にはできない」
各々思い当たるところがあるようで、共感の空気が流れた。それを皮切りに、皆誰に言うともなしに、口々に自分の進路について話し始める。聞こえてきた言葉が気になったら相槌を打つという具合だ。
アオは会話には参加せず、ネイリスト志望の子に、その友達が抱きつくのを見ながら、黙々とお弁当を食べる。
「お前、県外行っちゃうのかぁ……。私もそうしようかなぁ」
「アンタ実家継ぐって言ってなかった?」
「や、単に楽だし、やりたいこともないし、ってだけで。別に実家にいたい訳でもないしなぁって。一回外出て……やりたいこと見つかるかは分からないけど、他の道も模索してみたいと言いますか。あと、一回、一人暮らししたい」
「一人暮らしは県外出なくても出来るでしょ」
「冷てぇ……。あぁでも、本当に寂しいな。卒業したらもう、ネイルの練習台になることもないんだなぁ」
卒業。進路。その言葉を聞くだけで、アオも喉が絞め上げられるような心地がする。だが、二年の夏頃から、教師は事あるごとにその単語を使うようになった。四月になってからさらにその頻度は増えて、温かな陽気とは裏腹に、このところ気の重くなる毎日だ。
少なくとも秋頃までにはある程度、方向性を定めておかなければならないのだろうが、今のところは、考えるのも億劫だった。
思わず、お弁当を食べる手がゆっくりになる。
「アオさんはどうするの?」
ふと隣の席から声がかかった。顔を向けながら、少し笑い、「まだ何も」とアオは答えようとした。だが、アオが答えるより先に、別の誰かがからかうように言った。
「晴田見はもう決まってるでしょ。「椿さん」のところに永久就職」
その声がやけに大きかったせいで、グループの全員の目が、アオに向いた。
「はは……」
アオが苦笑いすると、視線は全て「永久就職」と言った男子の方へ向けられた。
「お前、本当にデリカシーねえよな。今の、結構ヤバめのセクハラだぞ。今のうちに改めとけ」
「うわ叩くなよ。ごめんって。ごめん晴田見!」
「永久就職って何?」
「結婚」
「アオの場合、結婚って言うか、本気で就職って感じだよね。これ言っていいのか分からないけど……家も家だし」
一度にかけられる言葉を全て苦笑いで返し、アオは隣の席以外にも聞こえるように、少し声を張り上げた。
「椿さんの将来は、椿さんのものですから、私がどうこう言えませんし。全然何も決まってないよ」
それでひとまず話題は一段落した。
再び隣に目を向けると、最初の問いかけをした喜多野は申し訳なさそうに、胸の前で小さく手を合わせた。
「喜多野くんのせいではないですから」
これ以上、場の空気を損ねる訳にもいかない。小声で言って、気にしないでいい、という気持ちをこめて笑い返す。
ちょうどよく、食堂に行っていたグループがぼちぼち戻り始めて、教室の空気に一区切りがついた。一緒にお昼を食べていたグループのうちの数人も立ち上がる。いつもと同じように、お昼は自然とお開きになった。
最早食欲はなくなっていたが、アオは弁当をかき込んで、一つため息をつき、弁当箱に蓋をした。