「ひなちゃんは、あの日ね。どうやら自殺しようとしたみたいなの」
母親の言葉に僕は思わず目を白黒とさせていた。
ひなたが自殺。ありえない。初めに思ったのはその想いだった。ひなたは明るくて朗らかで、いつだって前向きでとても自分から死を選ぶようなタイプではないはずだ。
いまは耳がきこえなくなって、少しすさんでしまっているかもしれない。それでも今のひなたですら自殺を選ぶようには思えない。
「あの日、ひなちゃんはオーディションを受けたの。でもどうもあまり結果が良くなかったみたい。それで落ち込んだみたいで。ひなちゃん、海に飛び込んだの」
「うそだ!?」
僕は反射的に叫んでいた。あの日の記憶は僕にはない。それでもオーディションの結果が悪かったくらいで、ひなたがそんな事をするとは思えない。
「うん。そうよね。だって私も初めてきいた時は、そんなことない。ひなちゃんに限って、自殺なんかするはずないって、そう思ったもの」
母親は大きくため息をもらして、それから再びひなたの部屋の方を見上げる。
「でも海に飛び込んだのは確かで。オーディションの結果が悪かった事以外、何も考えつかなくて。だってひなちゃん、前の日まですごく楽しそうに笑っていたのよ。あの日だって、ひなちゃん元気にいってきますって、挨拶して」
母親の声は、少しずつ震えを含んでいく。
ひなたの母親は本当にひなたの事を心配しているようだった。目に入れても痛くない愛娘という言葉があるけれど、まさにそういう感じだと思う。
その愛娘が自殺を図ったあげく、聴力を失ってしまっただなんてことは、それだけでも吐き出したくなるほどに狂おしいはずだ。
おそらく今のひなたは家族にも心を開いてはいない。自分の殻の中に閉じこもっているのだろう。だから僕に期待をしているのだ。ひなたの心を開いてくれるんじゃないかと。
僕にひなたを救う事が出来るだろうか。自問自答するけれど、答えは出ない。
「でも、幸いひなちゃんね。少し打ち身があった程度で怪我はしていなかったの。けどひなちゃんはその時のショックで一時的に耳が聞こえなくなっちゃったみたいで、その事で塞ぎ込んでしまって」
母親の言葉に、僕はうなづく。いやうなづきかけて、どこかにひっかかるものを覚えて首をかしげる。
少しだけ母親の言葉をかみ砕いて、すぐにその違和感に答えを出した。
「あの。一時的、なんですか?」
ひなたの耳は今も聞こえていない。一時的にというからには、このあと元に戻る見込みがあるように思える。だけどひなたの態度はそんな風には思えなかった。一生聞こえなくなるからこそ、あれだけの嘆きを産んでいたはずだ。
僕の疑問に母親は少しだけうつむいて、それからため息交じりに答える。
「……そうであって欲しいっていう、私の願いも含まれているんだけれど。でもね、いまひなちゃんの耳。どこにも悪いところは見あたらないんだって。でも聞こえないみたいで。こういう理由もわからず聞こえなくなる事を、突発性難聴っていうらしいけど。理由もわからず聞こえなくなったなら、もういちど聞こえるようになっても、いいのかなって」
母親はうつむいて、まるで独り言のように独白していた。
僕に告げるというよりも、自身の願望が現実になるようにと思って言葉にしたのかもしれない。
突発性難聴。その病名は訊いた事はなかったけれど、もし母親の言うように理由もなく聞こえなくなったなら、理由もなく回復する事があっても不思議じゃないはずだ。
だけどもしも万が一治らないのだとしたら。その時は僕が彼女のそばにいよう。彼女の耳の代わりになってもいい。ひなたのそばにいたい。そう願った。
「そうですね。治ってくれれば、いい」
僕もつぶやくように告げると、それから拳を強く握りしめた。
自分に何が出来るのかなんてわからなかったけれど、僕はひなたの為にやるべき事をやろう。
そう誓っていた。
母親の言葉に僕は思わず目を白黒とさせていた。
ひなたが自殺。ありえない。初めに思ったのはその想いだった。ひなたは明るくて朗らかで、いつだって前向きでとても自分から死を選ぶようなタイプではないはずだ。
いまは耳がきこえなくなって、少しすさんでしまっているかもしれない。それでも今のひなたですら自殺を選ぶようには思えない。
「あの日、ひなちゃんはオーディションを受けたの。でもどうもあまり結果が良くなかったみたい。それで落ち込んだみたいで。ひなちゃん、海に飛び込んだの」
「うそだ!?」
僕は反射的に叫んでいた。あの日の記憶は僕にはない。それでもオーディションの結果が悪かったくらいで、ひなたがそんな事をするとは思えない。
「うん。そうよね。だって私も初めてきいた時は、そんなことない。ひなちゃんに限って、自殺なんかするはずないって、そう思ったもの」
母親は大きくため息をもらして、それから再びひなたの部屋の方を見上げる。
「でも海に飛び込んだのは確かで。オーディションの結果が悪かった事以外、何も考えつかなくて。だってひなちゃん、前の日まですごく楽しそうに笑っていたのよ。あの日だって、ひなちゃん元気にいってきますって、挨拶して」
母親の声は、少しずつ震えを含んでいく。
ひなたの母親は本当にひなたの事を心配しているようだった。目に入れても痛くない愛娘という言葉があるけれど、まさにそういう感じだと思う。
その愛娘が自殺を図ったあげく、聴力を失ってしまっただなんてことは、それだけでも吐き出したくなるほどに狂おしいはずだ。
おそらく今のひなたは家族にも心を開いてはいない。自分の殻の中に閉じこもっているのだろう。だから僕に期待をしているのだ。ひなたの心を開いてくれるんじゃないかと。
僕にひなたを救う事が出来るだろうか。自問自答するけれど、答えは出ない。
「でも、幸いひなちゃんね。少し打ち身があった程度で怪我はしていなかったの。けどひなちゃんはその時のショックで一時的に耳が聞こえなくなっちゃったみたいで、その事で塞ぎ込んでしまって」
母親の言葉に、僕はうなづく。いやうなづきかけて、どこかにひっかかるものを覚えて首をかしげる。
少しだけ母親の言葉をかみ砕いて、すぐにその違和感に答えを出した。
「あの。一時的、なんですか?」
ひなたの耳は今も聞こえていない。一時的にというからには、このあと元に戻る見込みがあるように思える。だけどひなたの態度はそんな風には思えなかった。一生聞こえなくなるからこそ、あれだけの嘆きを産んでいたはずだ。
僕の疑問に母親は少しだけうつむいて、それからため息交じりに答える。
「……そうであって欲しいっていう、私の願いも含まれているんだけれど。でもね、いまひなちゃんの耳。どこにも悪いところは見あたらないんだって。でも聞こえないみたいで。こういう理由もわからず聞こえなくなる事を、突発性難聴っていうらしいけど。理由もわからず聞こえなくなったなら、もういちど聞こえるようになっても、いいのかなって」
母親はうつむいて、まるで独り言のように独白していた。
僕に告げるというよりも、自身の願望が現実になるようにと思って言葉にしたのかもしれない。
突発性難聴。その病名は訊いた事はなかったけれど、もし母親の言うように理由もなく聞こえなくなったなら、理由もなく回復する事があっても不思議じゃないはずだ。
だけどもしも万が一治らないのだとしたら。その時は僕が彼女のそばにいよう。彼女の耳の代わりになってもいい。ひなたのそばにいたい。そう願った。
「そうですね。治ってくれれば、いい」
僕もつぶやくように告げると、それから拳を強く握りしめた。
自分に何が出来るのかなんてわからなかったけれど、僕はひなたの為にやるべき事をやろう。
そう誓っていた。