狼狽を隠せなくて、僕はひなたへと目を見開く。その瞬間、彼女は微笑んで、いたずらな顔を僕へと向けていた。
「なんて嘘だよ」
告げられた言葉に、今度は目を白黒とさせていた。嘘、嘘ってなんだ。何が嘘なんだ。ひなたの言葉が僕には理解できなかった。
だけど笑ってているひなたに、やっと息を吐き出して、ああ、そういえばひなたは質の悪い冗談が好きな子だったと思い直す。
「はぁ、びっくりしたよ。そういう冗談はなしにして欲しい」
安堵の息をついて、それからもういちどひなたを見つめ直す。
ひなたは僕と視線を合わせたまま、ゆっくりとうなづく。
「うん、そっか」
ベッドに腰掛けたまま、ひなたは笑顔を崩してはいない。
だけどこの時の僕は気がついていなかった。彼女の笑みは僕の言葉と、うまく重なっていなかったことに。
「でもね」
ひなたは少しだけ言葉を止めて、それからゆっくりと唇を震わせていく。
「私。もう何も聞こえないんだ」
続けた台詞が何を意味しているのか、僕には理解出来なかった。
僕の頭の中はもう混乱と戸惑いで満たされていて、ひなたの言葉をかみ砕くことができなかった。
重ねられた台詞はどこまでが本当でどこまでが嘘なのかもわからない。いつもの冗談にしては度が過ぎている。
だけどひなたは今度はまっすぐに僕に視線を向けて、ただ僕にその言葉が真実だと叩きつけてくる。
「あの時にね。傷つけたらしくて、私の耳はもう何もとらえてくれないの。だから今まで友希くんが何て言っていたか、私にはわからない。それどころか、自分がいま何て話しているのかすらわからない。本当に伝えたい言葉が伝えられているのか、それすらもわからないの」
ひなたの言葉が僕には理解できない。理解できないのに、喉の奥の熱く焦げるような感覚を覚えて、そのまま吐き出しそうにすらなる。
「人ってね。耳が聞こえないと、そのうち話す事も難しくなるんだって。自分の話している声も聞こえないんだから、当然だよね」
ひなたの顔が少しずつ崩れていく。浮かべていた笑顔は、どこか砂上の楼閣のように壊れていた。ひなたの言葉は僕の胸の中をえぐるように刻みつけていく。
「いま、私はちゃんと喋られているのかな。私の声は友希くんに届いてる? 聞こえているのかな。昔と私の声、変わっていないかな」
彼女の頬を涙が伝っていく。いつの間にかひなたは大粒の涙をこぼしていた。
「わからない。わからないの。だから」
ひなたはもういちど顔をあげて、涙を溢れさせた瞳を僕へと向けて、それでもはっきりとした声で僕へと告げる。
「だから、もう。歌えないんだ」
ひなたの声は、まるで世界が滅びるかのような嘆きに満ちていて、僕の胸を押しつぶしていく。
ひなたにとって歌う事は全てだった。夢を目指して前向きに進んでいくひなたに僕は惹かれていた。ひなたの夢を支えてあげたい。そう願っていた。
それなのに僕は忘れていた。
ひなたの夢が壊れて、どこにも届かなくなった時、僕はひなたの事を忘れていた。
ひなたを支えるべきだった日々は、もうずっと遠く流れてしまっていて、ひなたはただ一人空白の時間を過ごしてきた。
その時間はどれほどの絶望を育んできたのだろうか。
僕がそばにいたからといって、その嘆きが消えて無くなる訳ではなかっただろう。でももしかしたら僕は彼女の痛みを分け合う事が出来ていたかもしれない。
それなのに僕は忘れていた。そして一人のうのうと過ごしていたんだ。
僕には何も言う資格がない。そう思えたから、だから他の言葉を失っていた。
「ひなた」
残された言葉は、彼女の名前だけだ。だから無意識のうちに彼女の名前を呼んでいた。
もちろん彼女に聞こえるはずもなくて、その言葉は届かない。
「なんて嘘だよ」
告げられた言葉に、今度は目を白黒とさせていた。嘘、嘘ってなんだ。何が嘘なんだ。ひなたの言葉が僕には理解できなかった。
だけど笑ってているひなたに、やっと息を吐き出して、ああ、そういえばひなたは質の悪い冗談が好きな子だったと思い直す。
「はぁ、びっくりしたよ。そういう冗談はなしにして欲しい」
安堵の息をついて、それからもういちどひなたを見つめ直す。
ひなたは僕と視線を合わせたまま、ゆっくりとうなづく。
「うん、そっか」
ベッドに腰掛けたまま、ひなたは笑顔を崩してはいない。
だけどこの時の僕は気がついていなかった。彼女の笑みは僕の言葉と、うまく重なっていなかったことに。
「でもね」
ひなたは少しだけ言葉を止めて、それからゆっくりと唇を震わせていく。
「私。もう何も聞こえないんだ」
続けた台詞が何を意味しているのか、僕には理解出来なかった。
僕の頭の中はもう混乱と戸惑いで満たされていて、ひなたの言葉をかみ砕くことができなかった。
重ねられた台詞はどこまでが本当でどこまでが嘘なのかもわからない。いつもの冗談にしては度が過ぎている。
だけどひなたは今度はまっすぐに僕に視線を向けて、ただ僕にその言葉が真実だと叩きつけてくる。
「あの時にね。傷つけたらしくて、私の耳はもう何もとらえてくれないの。だから今まで友希くんが何て言っていたか、私にはわからない。それどころか、自分がいま何て話しているのかすらわからない。本当に伝えたい言葉が伝えられているのか、それすらもわからないの」
ひなたの言葉が僕には理解できない。理解できないのに、喉の奥の熱く焦げるような感覚を覚えて、そのまま吐き出しそうにすらなる。
「人ってね。耳が聞こえないと、そのうち話す事も難しくなるんだって。自分の話している声も聞こえないんだから、当然だよね」
ひなたの顔が少しずつ崩れていく。浮かべていた笑顔は、どこか砂上の楼閣のように壊れていた。ひなたの言葉は僕の胸の中をえぐるように刻みつけていく。
「いま、私はちゃんと喋られているのかな。私の声は友希くんに届いてる? 聞こえているのかな。昔と私の声、変わっていないかな」
彼女の頬を涙が伝っていく。いつの間にかひなたは大粒の涙をこぼしていた。
「わからない。わからないの。だから」
ひなたはもういちど顔をあげて、涙を溢れさせた瞳を僕へと向けて、それでもはっきりとした声で僕へと告げる。
「だから、もう。歌えないんだ」
ひなたの声は、まるで世界が滅びるかのような嘆きに満ちていて、僕の胸を押しつぶしていく。
ひなたにとって歌う事は全てだった。夢を目指して前向きに進んでいくひなたに僕は惹かれていた。ひなたの夢を支えてあげたい。そう願っていた。
それなのに僕は忘れていた。
ひなたの夢が壊れて、どこにも届かなくなった時、僕はひなたの事を忘れていた。
ひなたを支えるべきだった日々は、もうずっと遠く流れてしまっていて、ひなたはただ一人空白の時間を過ごしてきた。
その時間はどれほどの絶望を育んできたのだろうか。
僕がそばにいたからといって、その嘆きが消えて無くなる訳ではなかっただろう。でももしかしたら僕は彼女の痛みを分け合う事が出来ていたかもしれない。
それなのに僕は忘れていた。そして一人のうのうと過ごしていたんだ。
僕には何も言う資格がない。そう思えたから、だから他の言葉を失っていた。
「ひなた」
残された言葉は、彼女の名前だけだ。だから無意識のうちに彼女の名前を呼んでいた。
もちろん彼女に聞こえるはずもなくて、その言葉は届かない。