中国コマが空を舞っていた。
その下には少年がコマが落ちてくるのをいまかいまかと待ち構えていた。
その少し奥の方にも少女が一人。年の頃は十六、七というところだろうか。僕と同じくらいの年齢に見える。
ベレー帽がとてもよく似合っている。ふわりと膨らんだ長い髪と明るそうな笑顔が、とても可愛らしいと思った。僕はむしろ芸をしている少年よりも、彼女の方に目を奪われていた。
だからすぐには気がつかなかった。
少年がなにやら声を上げていた。一瞬なんのことかと首をかしげる。
「君っ、避けてっ、避けて!」
しかし彼の声にも何の事を言っているのかわからずに、僕はその場から動く事すら出来ない。
「こら、そこの人っ。つったってないで、横に飛んでっ!」
向こう側にいた少女の激しい声に、何のことかわからないまま右手へと身をそらす。それと同時に中国ゴマが目の前に落下していた。
ただ避けたと思ったコマはそのままバウンドして、僕の下あごを見事にとらえていた。
「うぐぉ!?」
「あははっ!」
もらした声に、すぐに容赦ない笑い声が僕の耳に響いてくる。少女は思い切り僕を指さして笑っていた。
ただ少年の方は慌てた様子で駆け寄ってきて、僕に済まなそうに頭を下げる。
「君、大丈夫か? すまない。手が滑ってしまって。怪我はないか?」
少年は僕のあごの辺りをのぞき込んでいたが、幸い特に怪我はない。
「大丈夫……僕もぼうっとしてたから」
何とか答えると、向こう側にいた少女がくすくすと笑いながら、僕の肩に手を置いた。
「うん、今のは君が悪いね。でも何、ぼうっとしてたのかな? あ、もしかして私に見とれていたのかなっ?」
少女はゆっくりと告げて、それから「あははっ」と笑みを零した。
美優と似たような事を言うと、初めはそう思った。だから思わず美優へと返すように答える。
「そうだよ。見とれてた」
実際彼女の事を気にかけていたのは本当で、だからまるきりの嘘という訳ではなかったけれど、普段だったらそんな風には言えなかったと思う。
「え、え、え!?」
でも彼女は美優と違って、かぁと顔を真っ赤に染めていた。僕がそう答えるとは思ってもいなかったのだろう。
美優なら当然とばかりに受け止めていただろうから、そのあたりは似ている面があったとしてもやっぱり違いがあるということだろう。
軽口にまともに反応されて、むしろそれで僕も恥ずかしくなって顔を背ける。
その隣で少年――祐人が笑っていた。
「君達さ、お互い自分で言った台詞に恥ずかしがってて、みてて笑えるよ」
「あー、ひどいなっ。だって初対面の人に『みとれてるよ』なんて言うとは思わなかったもん」
彼女は眉を寄せながら、いーっとしかめ顔を祐人へと向ける。
その様子に何だか僕までおかしくなって、思わず吹き出してしまう。
「君だって初対面の僕に『私にみとれてるの』なんて言っていたじゃないか」
口元に笑みが浮かぶのを抑えきれずに告げると、僕は彼女へと視線を移す。
たださきほどまでの照れた様子はなく、悪びれもせずにゆっくりと手をふる。もう気分を戻したようで、いたずらな目を僕へと投げかけてくる。
「私はいいの。だって反応がみたいんだもん」
ずいぶんと自分勝手な理論を繰り広げている彼女だったけれど、嫌味に感じさせない雰囲気を醸し出しているのは朗らかな笑顔がなせる業だったのかもしれない。
「まぁ、いいけどさ」
「あれ、納得してくれた。変なのっ」
言い放った本人の方が不思議そうに口元に手をあてて笑う。彼女としてはわざと勝手な事をいって楽しんでいるのだろう。
同じような事を言いながらも美優と違うように感じるのは、本音で話している美優とわざと口にしている彼女との差ゆえだろうか。
「うん。でもそれなら仲直りだね。じゃあ仲直りの印に歌おうよ」
彼女は唐突によくわからない事を告げていた。
別に仲違いをしている訳ではなかったけれど、軽くすれ違ったから仲直りというところまでは、まだわからなくもない。しかし仲直りと歌うという話のつながりが理解できない。
「どうして歌うの」
僕の問いかけは当然のものだと思う。しかし彼女はあたかも僕の問いは無かったかのように歌い始めていた。
「かーえーるーのーこーえーが。はいっ」
それどころか僕に輪唱をしろとばかりに指さして、続けるのを待っている。期待に満ちた目で僕をじっと見つめていた。
「だから、なんで歌うんだよっ」
つながらない会話に思わすいらだちを隠せない。しかし荒げた声を気にした様子もなく、にこやかに僕へと言葉を返す。
「楽しいから?」
彼女は本当に楽しそうに満面の笑顔を浮かべると、それからこんどは祐人の方へと目線を移す。
祐人は何かを感じたのか、小さな声でうなずく。同時にすぐに少女は歌い始めていた。
「じゃ、いくよっ。かーえーるーのーこーえーが。はいっ」
再び大きな声で歌いはじめて、今度は祐人へと手を向ける。
「かーえーるーのーこーえーがー」
それに合わせて祐人もつなげて歌い始めていた。
そして二人の目がまっすぐに僕を見つめる。
私達二人が歌っているんだから歌え、歌わないとどうなる事かわからないぞ。二人の瞳が無言のままに訴えている。はっきりとプレッシャーをかけられていた。
「……カエルの声が」
仕方なく僕も続く。続けてしまった。なんとなく逆らえないものがあった。
「うんうん。それでいいのっ。じゃ、こんどはもういちど初めからいくね」
少女はにこやかに微笑みながら、再びカエルの声の輪唱を始めていた。
それからなぜだかずっとカエルの声の輪唱を続けていた。
何度も。何度も。
僕は諦めて仕方なく声を張り上げて歌い続けた。
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かえるの合唱
かえるの合唱は曲・元詞にはもう著作権はありませんが、訳詞には著作権が残っています。
そのため歌詞引用に当たらないように独自に訳しています。
その下には少年がコマが落ちてくるのをいまかいまかと待ち構えていた。
その少し奥の方にも少女が一人。年の頃は十六、七というところだろうか。僕と同じくらいの年齢に見える。
ベレー帽がとてもよく似合っている。ふわりと膨らんだ長い髪と明るそうな笑顔が、とても可愛らしいと思った。僕はむしろ芸をしている少年よりも、彼女の方に目を奪われていた。
だからすぐには気がつかなかった。
少年がなにやら声を上げていた。一瞬なんのことかと首をかしげる。
「君っ、避けてっ、避けて!」
しかし彼の声にも何の事を言っているのかわからずに、僕はその場から動く事すら出来ない。
「こら、そこの人っ。つったってないで、横に飛んでっ!」
向こう側にいた少女の激しい声に、何のことかわからないまま右手へと身をそらす。それと同時に中国ゴマが目の前に落下していた。
ただ避けたと思ったコマはそのままバウンドして、僕の下あごを見事にとらえていた。
「うぐぉ!?」
「あははっ!」
もらした声に、すぐに容赦ない笑い声が僕の耳に響いてくる。少女は思い切り僕を指さして笑っていた。
ただ少年の方は慌てた様子で駆け寄ってきて、僕に済まなそうに頭を下げる。
「君、大丈夫か? すまない。手が滑ってしまって。怪我はないか?」
少年は僕のあごの辺りをのぞき込んでいたが、幸い特に怪我はない。
「大丈夫……僕もぼうっとしてたから」
何とか答えると、向こう側にいた少女がくすくすと笑いながら、僕の肩に手を置いた。
「うん、今のは君が悪いね。でも何、ぼうっとしてたのかな? あ、もしかして私に見とれていたのかなっ?」
少女はゆっくりと告げて、それから「あははっ」と笑みを零した。
美優と似たような事を言うと、初めはそう思った。だから思わず美優へと返すように答える。
「そうだよ。見とれてた」
実際彼女の事を気にかけていたのは本当で、だからまるきりの嘘という訳ではなかったけれど、普段だったらそんな風には言えなかったと思う。
「え、え、え!?」
でも彼女は美優と違って、かぁと顔を真っ赤に染めていた。僕がそう答えるとは思ってもいなかったのだろう。
美優なら当然とばかりに受け止めていただろうから、そのあたりは似ている面があったとしてもやっぱり違いがあるということだろう。
軽口にまともに反応されて、むしろそれで僕も恥ずかしくなって顔を背ける。
その隣で少年――祐人が笑っていた。
「君達さ、お互い自分で言った台詞に恥ずかしがってて、みてて笑えるよ」
「あー、ひどいなっ。だって初対面の人に『みとれてるよ』なんて言うとは思わなかったもん」
彼女は眉を寄せながら、いーっとしかめ顔を祐人へと向ける。
その様子に何だか僕までおかしくなって、思わず吹き出してしまう。
「君だって初対面の僕に『私にみとれてるの』なんて言っていたじゃないか」
口元に笑みが浮かぶのを抑えきれずに告げると、僕は彼女へと視線を移す。
たださきほどまでの照れた様子はなく、悪びれもせずにゆっくりと手をふる。もう気分を戻したようで、いたずらな目を僕へと投げかけてくる。
「私はいいの。だって反応がみたいんだもん」
ずいぶんと自分勝手な理論を繰り広げている彼女だったけれど、嫌味に感じさせない雰囲気を醸し出しているのは朗らかな笑顔がなせる業だったのかもしれない。
「まぁ、いいけどさ」
「あれ、納得してくれた。変なのっ」
言い放った本人の方が不思議そうに口元に手をあてて笑う。彼女としてはわざと勝手な事をいって楽しんでいるのだろう。
同じような事を言いながらも美優と違うように感じるのは、本音で話している美優とわざと口にしている彼女との差ゆえだろうか。
「うん。でもそれなら仲直りだね。じゃあ仲直りの印に歌おうよ」
彼女は唐突によくわからない事を告げていた。
別に仲違いをしている訳ではなかったけれど、軽くすれ違ったから仲直りというところまでは、まだわからなくもない。しかし仲直りと歌うという話のつながりが理解できない。
「どうして歌うの」
僕の問いかけは当然のものだと思う。しかし彼女はあたかも僕の問いは無かったかのように歌い始めていた。
「かーえーるーのーこーえーが。はいっ」
それどころか僕に輪唱をしろとばかりに指さして、続けるのを待っている。期待に満ちた目で僕をじっと見つめていた。
「だから、なんで歌うんだよっ」
つながらない会話に思わすいらだちを隠せない。しかし荒げた声を気にした様子もなく、にこやかに僕へと言葉を返す。
「楽しいから?」
彼女は本当に楽しそうに満面の笑顔を浮かべると、それからこんどは祐人の方へと目線を移す。
祐人は何かを感じたのか、小さな声でうなずく。同時にすぐに少女は歌い始めていた。
「じゃ、いくよっ。かーえーるーのーこーえーが。はいっ」
再び大きな声で歌いはじめて、今度は祐人へと手を向ける。
「かーえーるーのーこーえーがー」
それに合わせて祐人もつなげて歌い始めていた。
そして二人の目がまっすぐに僕を見つめる。
私達二人が歌っているんだから歌え、歌わないとどうなる事かわからないぞ。二人の瞳が無言のままに訴えている。はっきりとプレッシャーをかけられていた。
「……カエルの声が」
仕方なく僕も続く。続けてしまった。なんとなく逆らえないものがあった。
「うんうん。それでいいのっ。じゃ、こんどはもういちど初めからいくね」
少女はにこやかに微笑みながら、再びカエルの声の輪唱を始めていた。
それからなぜだかずっとカエルの声の輪唱を続けていた。
何度も。何度も。
僕は諦めて仕方なく声を張り上げて歌い続けた。
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かえるの合唱
かえるの合唱は曲・元詞にはもう著作権はありませんが、訳詞には著作権が残っています。
そのため歌詞引用に当たらないように独自に訳しています。