「そろそろ俺達の番ですね。俺、友希さんには負けませんから」
聖は僕に背を向けて言葉をかけると、自分のチームの方へと合流していく。僕と聖はちょうど対戦するチーム同士だった。
なんと答えていいかわからなかった。ミニゲームとはいえ、聖が僕に対して敵愾心を向けてくるなんて事は今まで無かったからだ。
僕はそれほどスポーツは得意な訳ではないけど、聖にしてもそれは同じだ。体育の時は適当に手を抜いて過ごすのが僕達だったと思う。
それでも聖は僕と勝負するつもりらしい。どうして急にそんなやる気になったのかはわからなかったけれど、勝負を挑まれた以上には受けて立とうと思う。自分のチームのメンバーに向かって「勝つよ」とだけ告げる。
当然だとばかりに、スポーツ好きの奴が乗ってくる。もっとも残りの数名はかったるそうに腰を上げただけだったが、とにかく負けたくないと思った。
あるいは美優とひなの事を忘れていたかっただけなのかもしれない。目の前に集中して今は忘れていたかった。
結局、試合は僕のチームが勝った。こちらのチームにはバスケ部いたから当然だった。実際、僕も聖も何か際立った活躍をした訳ではない。だからこれで何か勝負がついたような気はしないけれど、聖は悔しそうに顔をゆがませていた。
そのあと会話する機会もないまま、今日の授業は全て終了していた。
明日は終業式で、いよいよ夏休みに入る。皆もどこか浮ついているのか、教室に残ってだべっている人が多い。
聖はすぐに帰宅していたようだった。一言くらいは会話をしたかったとは思うのだけれど、気がついた時にはもう姿はなかった。
美優の姿を探してみるけど、美優も今日は先に帰ったようだった。
時間にうるさい美優だったけれど、学校だけは遅刻ぎりぎりでやってくるし、授業が終わればすぐに帰宅する。たぶん美優にとっては学校は自分の居場所ではないのだろう。
僕も鞄を手にとって、帰宅を始める。ただなんとなく素直に帰る気にもならなくて、僕は少し遠回りして海浜公園の方へと足を運んでいた。
夏だけにそれなりに人はいたけれど、もともと大きな町という訳でもないし、ここは遊泳禁止だから、夏の海とはいえそれほど多数の人がいる訳ではない。
海浜公園を歩くと、震えるような音と共に中国ゴマが空高く浮かんでいるのが遠目から見て取れた。そして先日出会った祐人の姿も見える。
本当に毎日練習しているんだなと思って、感心していた。僕はこの歳になってもやりたい事なんて特にない。だけど祐人ははっきりと自分がやりたいことをもっていて、その夢のために努力を続けている。
その願いが叶うかどうかはわからないけれど、彼を応援したいとは思う。
祐人は中国コマを難なくキャッチすると、それからやっと僕に気がついたようで、こちらへと視線を向けて手をふってくる。
「来てくれたんだ。でも今日も一人なんだな。あの子とは一緒じゃないのか」
祐人は言いながら、僕の方へと微笑みかけてくる。
その瞬間、僕は何も言えなくて、唐突に涙が溢れ出していた。
なぜだかわからなかった。どうして僕はいま泣いているんだろう。ほとんど知らない相手の前で、理由も分からずに涙をこぼしていた。
気持ちの整理が出来なくなってしまったのかもしれない。僕はどうしたらいいのだろう。どうするべきなのだろう。
祐人は今の僕から見ればほとんど知らない相手だ。でもたぶん祐人は僕の事を知っている。そしてひなたの事も知っているはずだ。だから失ってしまった記憶と残されている記憶との狭間で、僕の気持ちがあふれ出してしまったのかもしれない。
「何かあったみたいだな。俺で良かったら話くらいはきくよ」
祐人は突然泣き出した僕を心配そうに見つめていた。
何を話せばいいのか、まだ気持ちが落ち着かない。それでも少しずつ話し始めていく。
事故にあって三十六日間の記憶をなくしたこと。少しずつ思い出して、ひなたの事を思いだしたこと。だけど連絡もとれなくなっていること。
記憶を失っている間に美優と付き合いだしたこと。だけど同時にひなたを好きだった気持ちも思い出してしまったこと。そしてまだひなたとの全ての記憶を思い出したわけではないことも。
僕が話し続ける間、祐人は相づちを打ちはするものの、特に何も言わなかった。最後まで口を挟まずに、僕の話を聴いてくれていた。
だから僕はいまわかることを全て祐人に話していた。
祐人はきっと僕が覚えていない事も覚えているはずだった。彼が知っている事を知りたかったから、僕はたぶん祐人に全てを話す気になったのだと思う。
僕は彼に救いを求めていたのかもしれない。
もちろん祐人はほとんど年齢も変わらないただの少年に過ぎない。彼が何をしてくれる訳でもないだろう。
それでも彼が話す何かが、僕を救ってくれるんじゃないか。僕はそう感じていた。
祐人は僕の話が終わった事を確認すると、腕を組んでそれから一度だけうなづく。
「なるほどね。道理でここのところ君達はここにこなかったし、この間はリックが話した事に驚いたりした訳だ」
祐人はちらりとそばにある人形へと視線を移す。転がったままの人形はこうしてみていると本当にただの人形で、祐人の芸によって生き生きと話しているのだという事がよくわかる。
「なら俺が知ってる事を話すよ。君とあの子。――ひなたは、この海浜公園で出会ったんだよ」
祐人は静かな声で昔話を始めていく。
同時に僕の脳裏に鮮やかに記憶が生まれ戻ってくる。
あの日の二人の出会いの思い出が。
あれはまだ冬の寒い日のことだった。
聖は僕に背を向けて言葉をかけると、自分のチームの方へと合流していく。僕と聖はちょうど対戦するチーム同士だった。
なんと答えていいかわからなかった。ミニゲームとはいえ、聖が僕に対して敵愾心を向けてくるなんて事は今まで無かったからだ。
僕はそれほどスポーツは得意な訳ではないけど、聖にしてもそれは同じだ。体育の時は適当に手を抜いて過ごすのが僕達だったと思う。
それでも聖は僕と勝負するつもりらしい。どうして急にそんなやる気になったのかはわからなかったけれど、勝負を挑まれた以上には受けて立とうと思う。自分のチームのメンバーに向かって「勝つよ」とだけ告げる。
当然だとばかりに、スポーツ好きの奴が乗ってくる。もっとも残りの数名はかったるそうに腰を上げただけだったが、とにかく負けたくないと思った。
あるいは美優とひなの事を忘れていたかっただけなのかもしれない。目の前に集中して今は忘れていたかった。
結局、試合は僕のチームが勝った。こちらのチームにはバスケ部いたから当然だった。実際、僕も聖も何か際立った活躍をした訳ではない。だからこれで何か勝負がついたような気はしないけれど、聖は悔しそうに顔をゆがませていた。
そのあと会話する機会もないまま、今日の授業は全て終了していた。
明日は終業式で、いよいよ夏休みに入る。皆もどこか浮ついているのか、教室に残ってだべっている人が多い。
聖はすぐに帰宅していたようだった。一言くらいは会話をしたかったとは思うのだけれど、気がついた時にはもう姿はなかった。
美優の姿を探してみるけど、美優も今日は先に帰ったようだった。
時間にうるさい美優だったけれど、学校だけは遅刻ぎりぎりでやってくるし、授業が終わればすぐに帰宅する。たぶん美優にとっては学校は自分の居場所ではないのだろう。
僕も鞄を手にとって、帰宅を始める。ただなんとなく素直に帰る気にもならなくて、僕は少し遠回りして海浜公園の方へと足を運んでいた。
夏だけにそれなりに人はいたけれど、もともと大きな町という訳でもないし、ここは遊泳禁止だから、夏の海とはいえそれほど多数の人がいる訳ではない。
海浜公園を歩くと、震えるような音と共に中国ゴマが空高く浮かんでいるのが遠目から見て取れた。そして先日出会った祐人の姿も見える。
本当に毎日練習しているんだなと思って、感心していた。僕はこの歳になってもやりたい事なんて特にない。だけど祐人ははっきりと自分がやりたいことをもっていて、その夢のために努力を続けている。
その願いが叶うかどうかはわからないけれど、彼を応援したいとは思う。
祐人は中国コマを難なくキャッチすると、それからやっと僕に気がついたようで、こちらへと視線を向けて手をふってくる。
「来てくれたんだ。でも今日も一人なんだな。あの子とは一緒じゃないのか」
祐人は言いながら、僕の方へと微笑みかけてくる。
その瞬間、僕は何も言えなくて、唐突に涙が溢れ出していた。
なぜだかわからなかった。どうして僕はいま泣いているんだろう。ほとんど知らない相手の前で、理由も分からずに涙をこぼしていた。
気持ちの整理が出来なくなってしまったのかもしれない。僕はどうしたらいいのだろう。どうするべきなのだろう。
祐人は今の僕から見ればほとんど知らない相手だ。でもたぶん祐人は僕の事を知っている。そしてひなたの事も知っているはずだ。だから失ってしまった記憶と残されている記憶との狭間で、僕の気持ちがあふれ出してしまったのかもしれない。
「何かあったみたいだな。俺で良かったら話くらいはきくよ」
祐人は突然泣き出した僕を心配そうに見つめていた。
何を話せばいいのか、まだ気持ちが落ち着かない。それでも少しずつ話し始めていく。
事故にあって三十六日間の記憶をなくしたこと。少しずつ思い出して、ひなたの事を思いだしたこと。だけど連絡もとれなくなっていること。
記憶を失っている間に美優と付き合いだしたこと。だけど同時にひなたを好きだった気持ちも思い出してしまったこと。そしてまだひなたとの全ての記憶を思い出したわけではないことも。
僕が話し続ける間、祐人は相づちを打ちはするものの、特に何も言わなかった。最後まで口を挟まずに、僕の話を聴いてくれていた。
だから僕はいまわかることを全て祐人に話していた。
祐人はきっと僕が覚えていない事も覚えているはずだった。彼が知っている事を知りたかったから、僕はたぶん祐人に全てを話す気になったのだと思う。
僕は彼に救いを求めていたのかもしれない。
もちろん祐人はほとんど年齢も変わらないただの少年に過ぎない。彼が何をしてくれる訳でもないだろう。
それでも彼が話す何かが、僕を救ってくれるんじゃないか。僕はそう感じていた。
祐人は僕の話が終わった事を確認すると、腕を組んでそれから一度だけうなづく。
「なるほどね。道理でここのところ君達はここにこなかったし、この間はリックが話した事に驚いたりした訳だ」
祐人はちらりとそばにある人形へと視線を移す。転がったままの人形はこうしてみていると本当にただの人形で、祐人の芸によって生き生きと話しているのだという事がよくわかる。
「なら俺が知ってる事を話すよ。君とあの子。――ひなたは、この海浜公園で出会ったんだよ」
祐人は静かな声で昔話を始めていく。
同時に僕の脳裏に鮮やかに記憶が生まれ戻ってくる。
あの日の二人の出会いの思い出が。
あれはまだ冬の寒い日のことだった。