「友希さん、なんか元気ないですね」
聖の声に僕は顔を上げる。
いまは男女別の体育の途中。美優の姿がない事に少しほっとしていた。
授業はバスケのミニゲーム中で、僕達のチームは今は出番じゃない。
体育館の片隅でぼうっとしていたところに、聖が近づいてきたのだ。
「そうかな。そうでもないよ」
本当は元気なんて無かったけれど、話す気にもなれなくてそう答える。しかし聖は納得していない様子で、僕の顔をじっと覗き込んでいた。
「元気ないの、おかしいですよ。だって美優さんとつきあい始めたんでしょう」
「なっ!?」
聖の声に思わず大声を上げて立ち上がる。
その瞬間。
「そこっ、うるさいっ。出番じゃなくてもちゃんと見学してろ!」
先生の叱責が飛んでいた。
すみません、と頭を下げて再び床に座り込む。こんどは小声で聖に訊ねかけた。
「……なんでそれを」
「あ。やっぱりそうだったんですね。カマかけただけなんですが、想像通りでした」
「ーーーっ!」
音にはならない声で答えると、しばらく聖の顔から目を離せなかった。
「昨日はずいぶん浮かれてましたし、美優さんに対する態度が微妙に違いましたし。でもお二人が楽しいなら、俺、嬉しいんですけどね」
聖は丸眼鏡を位置を直しながら僕の方を見つめていた。
ただ聖の顔がいつもより優越感に浸っているような気がするのは、僕の気のせいだろうか。
「ただ、でも今日の友希さん。元気ないです。美優さんもなんとなく、いつもの冴えがないというか。殴る手の力が弱々しかったというか。お二人さっそく喧嘩でもしましたか」
聖は僕の顔を覗き込んでいた。
僕が元気がないのは、やはりひなたの事を思い出してしまったからだろう。彼女の事が気に掛かって、素直に美優へと向かえなかった。
僕は美優の彼氏だ。だから僕は美優と向き合うべきなんだ。それは理解している。だけど忘れていた気持ちを取り戻してしまったいま、僕はどうするべきなのかもわからずにいる。
ただそれよりも美優の元気がないという台詞が気にかかっていた。今日は美優とはほとんど話していない。美優は学校はぎりぎりにしかこないし、休み時間は教室移動や体育の着替え等のせいで話す機会がなかった。
もしかしたら僕が無意識のうちに美優を避けてしまっていたのかもしれない。他の女の子の事をきにかけている自分に、後ろめたさを覚えていたのだろう。
ただそれでも今日一日全く会話していないという訳でもなかった。挨拶は交わしたし、いつもと同じくらいには話もした。もともと学校の中でずっと話しているような感じでもなかったから、それほど普段と変わっている訳でもない。だけどその中で美優の様子がいつもと違うだなんて事には気がつかなかった。
もし本当に美優がいつもと違うのだとしたら、彼氏である僕が真っ先に気づくべきだったとは思う。
「いや別に何も喧嘩とかはしてない。僕はちょっと考え事していただけだよ」
「そうですか」
聖は僕をじっと見ていた。
その眼差しはどこか僕を非難しているかのような気がして、思わず顔を背ける。
おそらくは聖にそんなつもりなんて無かっただろう。僕の揺れる心が生み出していた罪悪感から覚えた感情だ。
それでも聖の視線が怖くて、僕は顔を合わせたままではいられなかった。
ただ以前にもこんな風に強い視線を受けたような気もする。それはいつのことだったかは思い出せない。
思い出せないといえば、ひなと僕がどんな関係だったのかもはっきりとは覚えていない。少なくとも何でも許し合える気が置けない関係であった事は間違いないだろう。記憶の中にいたひなは、僕に遠慮無く言葉を向けていたし、僕もはっきりと彼女に言葉を告げていた。
まるで幼なじみである美優と同じか、もしかしたらそれ以上に二人の距離は近づいていた。僕はどちらかといえばあまり人と深く付き合わない方だ。それなのにあんな会話をしているのだから、相当近しい関係だったはずだ。
なのにどうしてメールも電話もつながらないのか。なぜ彼女の方からは連絡してくれなかったのか。
もしかしたら僕とひなは何かで仲違いしていたのかもしれない。
もしも僕が自殺をしようとしたのだとすれば、ひなとの関係の悪化に悩んだからなのだろうか。あるいは彼女を決定的に傷つけてしまったのだろうか。わからない。思い出せない。
電話をかけた時に流れたメッセージは着信拒否でなく契約を解除したという内容だった。僕からの連絡を避けるためだけにそこまでするだろうか。少し考えにくいとは思う。
きっと何らかの理由があるのだと思う。だからもういちど彼女に会って確かめたかった。
後から思えば、この時の僕は無意識のうちに美優の事を考えないようにしていた。ただ知りたいと願う気持ちだけが、僕の意識の中にあふれていて、その後のことなんて考えようとはしていなかった。
僕はただ不自然なまでに、ただひなの事を頭に思い浮かべていた。
不意に聖が立ち上がる。どうやらいつの間にか出番がきたらしい。
聖の声に僕は顔を上げる。
いまは男女別の体育の途中。美優の姿がない事に少しほっとしていた。
授業はバスケのミニゲーム中で、僕達のチームは今は出番じゃない。
体育館の片隅でぼうっとしていたところに、聖が近づいてきたのだ。
「そうかな。そうでもないよ」
本当は元気なんて無かったけれど、話す気にもなれなくてそう答える。しかし聖は納得していない様子で、僕の顔をじっと覗き込んでいた。
「元気ないの、おかしいですよ。だって美優さんとつきあい始めたんでしょう」
「なっ!?」
聖の声に思わず大声を上げて立ち上がる。
その瞬間。
「そこっ、うるさいっ。出番じゃなくてもちゃんと見学してろ!」
先生の叱責が飛んでいた。
すみません、と頭を下げて再び床に座り込む。こんどは小声で聖に訊ねかけた。
「……なんでそれを」
「あ。やっぱりそうだったんですね。カマかけただけなんですが、想像通りでした」
「ーーーっ!」
音にはならない声で答えると、しばらく聖の顔から目を離せなかった。
「昨日はずいぶん浮かれてましたし、美優さんに対する態度が微妙に違いましたし。でもお二人が楽しいなら、俺、嬉しいんですけどね」
聖は丸眼鏡を位置を直しながら僕の方を見つめていた。
ただ聖の顔がいつもより優越感に浸っているような気がするのは、僕の気のせいだろうか。
「ただ、でも今日の友希さん。元気ないです。美優さんもなんとなく、いつもの冴えがないというか。殴る手の力が弱々しかったというか。お二人さっそく喧嘩でもしましたか」
聖は僕の顔を覗き込んでいた。
僕が元気がないのは、やはりひなたの事を思い出してしまったからだろう。彼女の事が気に掛かって、素直に美優へと向かえなかった。
僕は美優の彼氏だ。だから僕は美優と向き合うべきなんだ。それは理解している。だけど忘れていた気持ちを取り戻してしまったいま、僕はどうするべきなのかもわからずにいる。
ただそれよりも美優の元気がないという台詞が気にかかっていた。今日は美優とはほとんど話していない。美優は学校はぎりぎりにしかこないし、休み時間は教室移動や体育の着替え等のせいで話す機会がなかった。
もしかしたら僕が無意識のうちに美優を避けてしまっていたのかもしれない。他の女の子の事をきにかけている自分に、後ろめたさを覚えていたのだろう。
ただそれでも今日一日全く会話していないという訳でもなかった。挨拶は交わしたし、いつもと同じくらいには話もした。もともと学校の中でずっと話しているような感じでもなかったから、それほど普段と変わっている訳でもない。だけどその中で美優の様子がいつもと違うだなんて事には気がつかなかった。
もし本当に美優がいつもと違うのだとしたら、彼氏である僕が真っ先に気づくべきだったとは思う。
「いや別に何も喧嘩とかはしてない。僕はちょっと考え事していただけだよ」
「そうですか」
聖は僕をじっと見ていた。
その眼差しはどこか僕を非難しているかのような気がして、思わず顔を背ける。
おそらくは聖にそんなつもりなんて無かっただろう。僕の揺れる心が生み出していた罪悪感から覚えた感情だ。
それでも聖の視線が怖くて、僕は顔を合わせたままではいられなかった。
ただ以前にもこんな風に強い視線を受けたような気もする。それはいつのことだったかは思い出せない。
思い出せないといえば、ひなと僕がどんな関係だったのかもはっきりとは覚えていない。少なくとも何でも許し合える気が置けない関係であった事は間違いないだろう。記憶の中にいたひなは、僕に遠慮無く言葉を向けていたし、僕もはっきりと彼女に言葉を告げていた。
まるで幼なじみである美優と同じか、もしかしたらそれ以上に二人の距離は近づいていた。僕はどちらかといえばあまり人と深く付き合わない方だ。それなのにあんな会話をしているのだから、相当近しい関係だったはずだ。
なのにどうしてメールも電話もつながらないのか。なぜ彼女の方からは連絡してくれなかったのか。
もしかしたら僕とひなは何かで仲違いしていたのかもしれない。
もしも僕が自殺をしようとしたのだとすれば、ひなとの関係の悪化に悩んだからなのだろうか。あるいは彼女を決定的に傷つけてしまったのだろうか。わからない。思い出せない。
電話をかけた時に流れたメッセージは着信拒否でなく契約を解除したという内容だった。僕からの連絡を避けるためだけにそこまでするだろうか。少し考えにくいとは思う。
きっと何らかの理由があるのだと思う。だからもういちど彼女に会って確かめたかった。
後から思えば、この時の僕は無意識のうちに美優の事を考えないようにしていた。ただ知りたいと願う気持ちだけが、僕の意識の中にあふれていて、その後のことなんて考えようとはしていなかった。
僕はただ不自然なまでに、ただひなの事を頭に思い浮かべていた。
不意に聖が立ち上がる。どうやらいつの間にか出番がきたらしい。