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文化祭、いよいよ明日!最終準備日&前夜祭!
捻りのない実直な言葉が黒板の上で踊っている。ついに祭りを明日に控えた朝の教室は、どこか浮き足立っており、もちろん佳子もその一員だった。
「千怜おは~」
「お、おは~」
田淵くんを隣に置いて、私の机を通りすぎる佳子。登校時に一緒になったのだろうか。どちらにせよ、一大イベントと田淵くんのおかげで佳子は頗る機嫌が良い。もしかしたら、今日の前夜祭で行われる花火を一緒に、という約束でも取り付けたのかもしれない。
過去に起こった事故の影響で長年中止されていた、前夜祭の伝統花火。今年は生徒会の働きかけのおかげで「打上げではなく手持ち花火で」という条件付きではあるものの、数年ぶりに再開されることになっていた。
私は生徒会の働きを称えながら、二人の背中を穏やかな気持ちで見送る。しかし振り返った田淵くんと視線が交わると、勢いよく目を逸らした。
クラスのグループラインから、彼個人の連絡先をタップしたのは昨晩のこと。「ごめんなさい」と誘いを断ってしまった直後なので、とても気まずい。けれどどうかこのまま、私なんかに目を向けずに佳子と学祭をエンジョイしてください。アーメン。
しかし、穏やかではない報告がなされたのは、祈りを捧げてからたった数分後のことだった。
「力になれなくて申し訳ない」
溌剌とした黒板の文字の横で、教壇に立った綾崎先生が頭を垂れている。朝のHRで告げられたのは「前夜祭での花火が中止になった」ことだった。
私はすぐさま視線を佳子に移す。長い髪に隠されたその表情は想像に易い。たとえ田淵くんとの約束が推測に留まっていたとしても、彼女や他のクラスメートとって、由々しき問題であることは確かだった。
戸惑いを含んだざわめきは次第にボリュームを増し、数秒後には自信に満ちた台詞が教壇へ走った。
「直前になってそれは、ちょっと酷くないですか」
「ここまでの準備が水の泡ってことですか?」
「楽しみにしてたんですよ」
昨日何度か「敬語を使え」と言われたばかりだけど、こういうときの丁寧語は氷嚢を乗せたように冷たい。顔をあげた先生は決して表情には出さないけれど、心の内では言いたいことが詰まっているに違いない。
「説明させてくれ」
一通り小言を聞き入れた先生は、生徒一人一人の顔を見つめるようにして唇を割った。私もそのうちの一人で、視線がかち合った時には昨日の真剣な眼差しを思い出し、胸が切なく締め付けられた。しかし面談の時の気怠さは一切なく、まるで別人に思えるほど先生の表情は堅かった。
「昔……もう十年前になるか。当時、青鳴祭で人身事故があったのは知っているか」
生徒たちは隣人と顔を見合わせた後、数秒おいて疎らに頷く。先ほど「水の泡ですか」と威厳を放っていた学級委員も、「事故」という単語を聞いて身を縮めていた。
「事故は火災が原因だった。いまは外での出店は禁止になっているが、当時は体育館の横に模擬店が隣接されていた。それで……準備のとき、その模擬店から火が出たんだ。点検をした後で、ガスを消し忘れていたらしい」
先生は時おり、自分の喉を押さえながら話を続ける。“らしい”——そう放たれる限り、先生も後日談として聞いた話なのだろうけど、発せられる声がまるで、喉が焼けているような苦しさを感じさせるのは何故だろう。
私は先生の痛みを伝わせるように、喉の皮を摘まんでいた。