綾崎くんを手紙で呼び出した私は、体育館に先回りをして、舞台袖にあった棺のなかに身を沈めた。
 またここから飛び出したら、ビックリするんだろうな。ちょうど一年前の同じ日にあなたに救われたんだって、伝えられたら——、そう思っていた。

 でも、目を瞑って、次に開いたとき。
 私の体はピクリとも動かなかった。暗闇の中で、はじめは何が起こっているのか分からなかったけど、次第に自分は火事のなかにいるのだと悟った。辛うじて意識はうっすらとあって、しかしもう声を出すことは出来なかった。
 暗闇で、今目が見えているかどうかも分からない。音がしないから、助けが来てくれているのかも分からない。
 助かるかどうか、分からない。

「お……かあさ……お、……うさ……」

 ——……お母さん、お父さん。
 いままで育ててくれて、ありがとう。どうにか助からないかな、と願ってはいるけれど、ちょっと現実的ではありません。
 ……学校のことをあまり話さない私が、羽純を家に連れて行った時、アワアワしながらも沢山もてなしてくれてありがとう。羽純ね、いいご両親だねって、すごく喜んでたんだよ。恥ずかしくて伝えられなくて、ごめんなさい——……ごめんなさい。

 意識が薄れていくなかで、棺の蓋が赤い炎を纏い出す。まるでそれは夕焼けのようで、こんなときに見惚れてしまった。きっと、去年避けてしまった花火も、実際に見たら綺麗なんだろうなぁ。

「……あ…………」

 ——……綾崎くん。
 あの日、私のことを見つけてくれて、ありがとう。ぶっきら棒だけど本当は優しいところも、好きなことに真っ直ぐと突き進む強さも、全部全部好きでした。大好きです。
 私の認めた言葉で、手紙でちゃんと伝えることが出来て、本当に良かった。
 綾崎くんがあの日、教えてくれたから。自分の声で言葉にすることの大切さを教えてくれたから、今回の学祭で私、「脚本をやりたい」って言えたんだよ。『レイニー』を生み出すことが出来たんだよ。
 ……そうだ。心優ちゃんはストイックだから、直前に自分を追い詰めたりしないかな。クラスの皆と一緒に劇を作ることが出来て、本当に良かった。——私、きっと忘れない。

 携帯電話が傍で揺れている。棺のなかで揺れている。遠退く意識のなかで、トン、と何かが手に触れる。

 —— “欲しいんだろ”

 きっと、彼にとってはこれ以上ないほど些細なこと。でも私にとっては、何よりも大事な宝物だった。
 閉じた瞳からようやく溢れた涙が、こめかみをゆっくり伝う。
 手紙を読んだ綾崎くんは、どんな顔をしてくれたんだろう。私が「好きだよ」って言ったら、どんな顔をしてくれたかな。

「——……」

 苦しくて、息ができない。動かない。私……もっと生きていたい——。
 目蓋の向こうで、夕焼けが私を呑んでいく。そう分かった瞬間、意識はプツリと途絶えていった。




 トーコ!トーコー!

 呼ばれて、重たい瞼を恐る恐る持ち上げる。そこは茜色を写し出した青空廊下で、私は仰向けになって綺麗な空を仰いでいた。

「宮城」
「トーコ!」

 すると、大好きな人が上から私を覗き込む。急いで起き上がると「なに寝てんだよ」「もう、早く行くよ!」と手を握られる。
 大好きな人たちに囲まれて、私はなんて幸せ者なんだろう。これ以上の幸せなんて、きっとどこにもない。

「ね……見て。すっごく綺麗……」

 二人と見上げた茜空には、眩しい星たちがキラキラと輝いていた。


 『茜色のイントロダクション』了