愛おしそうにギターを抱く姿に、胸が締まる。もし彼の音で奏でられる曲があるのなら、早く聴いてみたいと思った。
「あの、それ弾いたりとか……」
「ライブやるよ。今回の学祭で、初めて」
「えっ、ほんとに!?」
前のめりになって食いつくと、彼はふっ、と息を漏らして笑う。鼓動が早まるのを感じて、私は戸惑った。
「うん。好きなもんに素直になったら、割りと良いことあったわ」
暗幕は閉じたはずなのに、彼の周りにはキラキラと星が弾ける。
大人びたことを言う割りに、純粋に音楽が好きだという彼はとても眩しくて、私は恋に落ちたんだ。
学園祭当日、私は勇気を出して矢澤さんに声を掛けた。彼女に手伝ってもらい、想定の倍速で裏方の仕事は進んだ。
「いいよっ、こっちは任せといて!」
さらには、グーサインで見送ってくれた彼女のおかげで、中抜けした仕事の合間に彼のライブを観ることが出来た。
場所は視聴覚室、暗幕に囲われたその教室は普段とは違う雰囲気を纏っていた。
「……わ……うそ……」
そして私は、彼のステージを前に脳をぐらつかせる。
ボーカルも兼ね備えているなんて、聞いていない。低く、優しい声色で奏でられる旋律で、心臓は深く貫かれた。格好よすぎて、心臓が止まるかもしれないという比喩を、初めて体感した。
綾崎くんへの気持ちは、瞬く間に募っていった。
学園祭が終わってからも、私はずっと彼のことが好きだった。彼のクラスを通る度に探して、見つけられなくて落ち込んで、すれ違っては舞い上がった。話すきっかけは無かったけれど、思うだけの日々も幸せだった。
「えっ、綾崎?!隣のクラスの?!」
羽純、トーコ。互いにそう呼び合う仲になった私たちは、恋バナにも花を咲かせた。彼女は驚いていたけれど、一緒になって喜んでくれた。
そして選択制の課外学習のとき、羽純は情報網を駆使して「綾崎、水族館だって!」と、同じ水族館を選択してくれた。
そのおかげで、普段はあまり関わりの無い彼とまた話すことが出来たのだから、本当に頭が上がらない。
——確かあれは、売店でストラップを探していたときのこと。
「あれ……イルカ、売り切れか」
「ほんとだ。人気だからかな~」
ショーを見て惚れ込んだイルカのストラップは、残念ながら“売り切れ”のラベルを貼られていて、私は諦めようと振り返った——直後だった。
「え……」
どうしてか。目の前に好きな人が立っていて、欲しいと願ったストラップを前に掲げている。
「欲しいんだろ」
短く紡いだ彼は、私の掌に無理矢理そのストラップを握らせる。触れた手の感触に心臓が張り裂けそうになったことを、きっと彼は知らない。
「い、いいの……?」
「うん。妹の土産は別のにするから」
直後、「ミチー!」と呼ばれた彼は通り過ぎていく。勝手に熱を持った私は、そのイルカのストラップを大事に抱えた。ドキドキして、涙が溢れそうになったのは初めてだった。
—— “好きなもんに素直になったら、割りと良いことあったわ”
あの日、貰った言葉が蘇る。いつか、彼に伝えたい。私の素直な気持ちを伝えられたら——。
二年の春、彼と羽純と同じクラスになった私は、この世で一番の幸せ者だ、と空を仰いだ。青空廊下に舞う花びらが、それに応えてくれているような気がしていた。
———— “綾崎くんへ”
そう認めた手紙は、彼にしっかり届いているだろうか。
直接自分の言葉で伝えたかったけれど、「まずは手紙で、ってのもありじゃない?今時珍しいし、言いたいことも纏まるし」と提案してくれた羽純には、感謝してもしきれない。
「……羽純、ありがとう……」
呟いた後、吸った空気に喉が焼かれていく。
「あの、それ弾いたりとか……」
「ライブやるよ。今回の学祭で、初めて」
「えっ、ほんとに!?」
前のめりになって食いつくと、彼はふっ、と息を漏らして笑う。鼓動が早まるのを感じて、私は戸惑った。
「うん。好きなもんに素直になったら、割りと良いことあったわ」
暗幕は閉じたはずなのに、彼の周りにはキラキラと星が弾ける。
大人びたことを言う割りに、純粋に音楽が好きだという彼はとても眩しくて、私は恋に落ちたんだ。
学園祭当日、私は勇気を出して矢澤さんに声を掛けた。彼女に手伝ってもらい、想定の倍速で裏方の仕事は進んだ。
「いいよっ、こっちは任せといて!」
さらには、グーサインで見送ってくれた彼女のおかげで、中抜けした仕事の合間に彼のライブを観ることが出来た。
場所は視聴覚室、暗幕に囲われたその教室は普段とは違う雰囲気を纏っていた。
「……わ……うそ……」
そして私は、彼のステージを前に脳をぐらつかせる。
ボーカルも兼ね備えているなんて、聞いていない。低く、優しい声色で奏でられる旋律で、心臓は深く貫かれた。格好よすぎて、心臓が止まるかもしれないという比喩を、初めて体感した。
綾崎くんへの気持ちは、瞬く間に募っていった。
学園祭が終わってからも、私はずっと彼のことが好きだった。彼のクラスを通る度に探して、見つけられなくて落ち込んで、すれ違っては舞い上がった。話すきっかけは無かったけれど、思うだけの日々も幸せだった。
「えっ、綾崎?!隣のクラスの?!」
羽純、トーコ。互いにそう呼び合う仲になった私たちは、恋バナにも花を咲かせた。彼女は驚いていたけれど、一緒になって喜んでくれた。
そして選択制の課外学習のとき、羽純は情報網を駆使して「綾崎、水族館だって!」と、同じ水族館を選択してくれた。
そのおかげで、普段はあまり関わりの無い彼とまた話すことが出来たのだから、本当に頭が上がらない。
——確かあれは、売店でストラップを探していたときのこと。
「あれ……イルカ、売り切れか」
「ほんとだ。人気だからかな~」
ショーを見て惚れ込んだイルカのストラップは、残念ながら“売り切れ”のラベルを貼られていて、私は諦めようと振り返った——直後だった。
「え……」
どうしてか。目の前に好きな人が立っていて、欲しいと願ったストラップを前に掲げている。
「欲しいんだろ」
短く紡いだ彼は、私の掌に無理矢理そのストラップを握らせる。触れた手の感触に心臓が張り裂けそうになったことを、きっと彼は知らない。
「い、いいの……?」
「うん。妹の土産は別のにするから」
直後、「ミチー!」と呼ばれた彼は通り過ぎていく。勝手に熱を持った私は、そのイルカのストラップを大事に抱えた。ドキドキして、涙が溢れそうになったのは初めてだった。
—— “好きなもんに素直になったら、割りと良いことあったわ”
あの日、貰った言葉が蘇る。いつか、彼に伝えたい。私の素直な気持ちを伝えられたら——。
二年の春、彼と羽純と同じクラスになった私は、この世で一番の幸せ者だ、と空を仰いだ。青空廊下に舞う花びらが、それに応えてくれているような気がしていた。
———— “綾崎くんへ”
そう認めた手紙は、彼にしっかり届いているだろうか。
直接自分の言葉で伝えたかったけれど、「まずは手紙で、ってのもありじゃない?今時珍しいし、言いたいことも纏まるし」と提案してくれた羽純には、感謝してもしきれない。
「……羽純、ありがとう……」
呟いた後、吸った空気に喉が焼かれていく。