「手伝うよ」
「手伝う……?」
「仕事、残ってんでしょ」
目の前に広がった大道具の装飾が、彼の瞳に映される。
ステージに張る暗幕に飾りを散りばめる作業を、その日初めて話した綾崎くんと一緒に進めることになった。
その間、色々なことを話した。クラスの出し物の話や先生たちの話、外で行われる模擬店の話——、当たり障りはなかったけれど、久しぶりに楽しいと思えた。
「実行委員、もしかして押し付けられた?」
でも、急に降る弾丸には肩が跳ねる。実直すぎる彼の言葉は、心臓に悪かった。
「……くじで決まったよ」
「ふーん。そっか」
今日初めて会った人にする話じゃない。それに、鴨田さんが綾崎くんのことを「カッコいい」と噂していたし、私には彼女の株を下げる趣味はない。
「でも、だからって一人でやらせる量じゃねぇな。これ」
ふっ、と息を落としながら彼は言う。雑な言葉遣いとは裏腹、案外手先が器用で、暗幕は綺麗に彩られていった。
「いいんだよ、私の役目だし」
「学祭、ちゃんと回れんの?」
「どう、かな……わかんない」
「まあ、自分がいいならいいけど」
「……え?」
「言葉にしないと伝わんねぇからな。嫌なことも、やりたいことも」
両面テープを剥がしながら淡々と述べる彼。私は手を止めて、ただ雑務を鵜呑みにしていた自分を振り返った。「嫌だ」も「やりたい」も、一つも言ったことなんて無かった。
「でも言ったら……色々、失うものだってあると思う」
そう言うと、彼も手を止めて真っ直ぐにこちらを見据える。瞬間、アーモンド形の黒い瞳に、脈がドクンと深く沈んだ。
「それで失うものって、大事なもんなの?」
「え……」
「宮城の言いたいことって、変なことだとは思えないんだけど。それで失うものって、本当に必要?」
失うものが、本当に大事なのか。必要なのか——自問自答をする内側で、その答えが何かすぐに想像がついてしまった。つまり、図星だった。
「言いたいこと言っても、傍にいてくれそうな奴、誰かいんだろ」
「……誰か、」
「お前一人に背負わせて、クラス全員がいいって思ってるわけじゃねぇと思うけど」
よし、完成——。
言いながら、彼は暗幕を横に広げる。星々に彩られた完成形が、なぜか目に染みる。
—— “部活あってあんま力になれないかもだけど、……私で良かったらいつでも頼ってよ。ね?宮城さん”
瞬間、その一つの星から一人のクラスメートの顔が浮かぶ。違うグループであまり話したことはなかったけれど、すれ違う度にそう声を掛けてくれた。
今日も部活に行く直前に、矢澤さんはそう言ってくれたっけ。
「……うん、そうかも」
ここ最近、自分一人でやらなければ、と意固地に張っていた糸が少しずつ解れていく。
「言葉にしたら変わるかもしんねぇじゃん。嫌なことだけじゃなくて、好きなことも」
暗幕を下げて見える微笑みに、心臓が跳ねる。彼を見ていると視界が眩みそうで、私は思わず目を逸らした。その先で偶然にも、彼が背負っていた大きな荷物が映った。
「ねぇ、その荷物って……」
「ああ、楽器。ギター」
言いながら、彼はチャックを開けて、露になったギターを自分の腕のなかに抱え込む。赤いそのギターの弦は、彼の器用な手先によく馴染みそうだった。
「すごいね……ギター、弾けるんだ」
「楽器、なんかやったことある?」
「全然。ピアノとか習ってみたかったけど、私は専ら水泳で。楽譜も全然読めないの」
「そっか。まあ、音楽は聴くのも楽しいから」
「手伝う……?」
「仕事、残ってんでしょ」
目の前に広がった大道具の装飾が、彼の瞳に映される。
ステージに張る暗幕に飾りを散りばめる作業を、その日初めて話した綾崎くんと一緒に進めることになった。
その間、色々なことを話した。クラスの出し物の話や先生たちの話、外で行われる模擬店の話——、当たり障りはなかったけれど、久しぶりに楽しいと思えた。
「実行委員、もしかして押し付けられた?」
でも、急に降る弾丸には肩が跳ねる。実直すぎる彼の言葉は、心臓に悪かった。
「……くじで決まったよ」
「ふーん。そっか」
今日初めて会った人にする話じゃない。それに、鴨田さんが綾崎くんのことを「カッコいい」と噂していたし、私には彼女の株を下げる趣味はない。
「でも、だからって一人でやらせる量じゃねぇな。これ」
ふっ、と息を落としながら彼は言う。雑な言葉遣いとは裏腹、案外手先が器用で、暗幕は綺麗に彩られていった。
「いいんだよ、私の役目だし」
「学祭、ちゃんと回れんの?」
「どう、かな……わかんない」
「まあ、自分がいいならいいけど」
「……え?」
「言葉にしないと伝わんねぇからな。嫌なことも、やりたいことも」
両面テープを剥がしながら淡々と述べる彼。私は手を止めて、ただ雑務を鵜呑みにしていた自分を振り返った。「嫌だ」も「やりたい」も、一つも言ったことなんて無かった。
「でも言ったら……色々、失うものだってあると思う」
そう言うと、彼も手を止めて真っ直ぐにこちらを見据える。瞬間、アーモンド形の黒い瞳に、脈がドクンと深く沈んだ。
「それで失うものって、大事なもんなの?」
「え……」
「宮城の言いたいことって、変なことだとは思えないんだけど。それで失うものって、本当に必要?」
失うものが、本当に大事なのか。必要なのか——自問自答をする内側で、その答えが何かすぐに想像がついてしまった。つまり、図星だった。
「言いたいこと言っても、傍にいてくれそうな奴、誰かいんだろ」
「……誰か、」
「お前一人に背負わせて、クラス全員がいいって思ってるわけじゃねぇと思うけど」
よし、完成——。
言いながら、彼は暗幕を横に広げる。星々に彩られた完成形が、なぜか目に染みる。
—— “部活あってあんま力になれないかもだけど、……私で良かったらいつでも頼ってよ。ね?宮城さん”
瞬間、その一つの星から一人のクラスメートの顔が浮かぶ。違うグループであまり話したことはなかったけれど、すれ違う度にそう声を掛けてくれた。
今日も部活に行く直前に、矢澤さんはそう言ってくれたっけ。
「……うん、そうかも」
ここ最近、自分一人でやらなければ、と意固地に張っていた糸が少しずつ解れていく。
「言葉にしたら変わるかもしんねぇじゃん。嫌なことだけじゃなくて、好きなことも」
暗幕を下げて見える微笑みに、心臓が跳ねる。彼を見ていると視界が眩みそうで、私は思わず目を逸らした。その先で偶然にも、彼が背負っていた大きな荷物が映った。
「ねぇ、その荷物って……」
「ああ、楽器。ギター」
言いながら、彼はチャックを開けて、露になったギターを自分の腕のなかに抱え込む。赤いそのギターの弦は、彼の器用な手先によく馴染みそうだった。
「すごいね……ギター、弾けるんだ」
「楽器、なんかやったことある?」
「全然。ピアノとか習ってみたかったけど、私は専ら水泳で。楽譜も全然読めないの」
「そっか。まあ、音楽は聴くのも楽しいから」