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「えぇ?綾崎先生を?いや、無いって。ナイナイ」
青鳴祭最終日から数えて三日目の昼休み。私は永島さんを誘い、青空廊下のベンチでパンを頬張っていた。
「ほ、ほんとに……?」
「だって先生だよ?恋愛対象にはならないって」
彼女は豪快に口を広げて、浅羽高校名物の“トライアングル”を頬張る。三角形に型どられた揚げパンにこし餡を挟んだ、女子から絶大の人気を誇っている菓子パンだ。
その見事な食べっぷりに、私も負けじとカツサンドを頬張る。なぜか対抗してしまうのは、永島友希の少女時代の淡い恋心を知っていたからかもしれない。……本人はこうして否定しているけれど。
「てゆーか、なんで急にそんなこと訊くの?遠山さんが好きだから?」
「ケホッ……」
オブラートというものを知らない彼女は、率直に突いて覗き込む。ただ、こういう面も同級生として憧れているところなので、ブレない彼女には降伏を許すばかり。無論、隠すつもりはなかったけれど、少しだけカツが喉に詰まった。
「うん……好き。私は、綾崎先生が好き」
素直に吐けば、背を擦ってくれていた彼女は「んん~!!!」と、トライアングルを咥えたまま目を見開く。綺麗な瞳が輝いて、一層眩しい。
「い、言わないでね、絶対」
「言わない言わない~!てゆーか何で?!いつから?!てゆーか、なんで私に……?!」
興奮気味の美人がパシパシと私の肩を叩く。他の生徒を気遣ってか声を潜めているつもりだろうけど、興奮が先走っている素直さは羽純を連想させた。
それにこの様子を見ると、彼女は幼い頃の恋心を引きずってはいなさそうだ。私は安堵の息を吐いて、彼女の瞳を見据えた。
「永島さんと……仲良くなりたいから」
「え?」
「仲良くなりたい人には、自分の好きなものとか人とか知ってもらいたいじゃん。繕わない、本当の私を知ってもらいたい……というか、」
さすがに烏滸がましいだろうか。ただ、あの教室に居合わせただけの同級生なのに、舞い上がりすぎてしまっただろうか——。
そう案じて、横目で恐る恐る永島さんを垣間見る。季節の変わり目を感じさせる、細く冷たい風が靡いて、彼女の綺麗な黒髪がサラリと攫われる。
そのなかで、大きな瞳が一点に私を捉えていた。
「ビックリ、した」
薄い桜色の唇が、ゆっくりと割られる。
「いま私、クラスでハブられてるの知ってるよね?今日誘ってくれたのだって、同情じゃないの?……だってさ、いま私と仲良くなったって良いことなんて——」
「良いことはあるよ」
存外ネガティブな永島さんは、遮った私に首を傾げる。早くも食べ終えたトライアングルの空き袋が、手元でクシャクシャに丸まっていた。
「良いことって?」
「私に友達が出来る」
自信を持って言い張ると、彼女は神妙な面持ちで再び首を傾げる。
「ええ……だから、なんで友達になりたいの?学祭の件でアンチばっかだし、ほら、百田さんたちにも目の敵にされてるしさぁ」
確かに今、佳子たちのグループを中心に、永島さんは女子からフルシカトを決め込まれている。話し掛けているのは私か、男子生徒くらいだ。
教室内では全く気にしていないような素振りで、授業も休み時間も過ごしている彼女だけど、全く気にならないわけがない。きっと、綾崎先生を庇ったときと同じように、彼女は“無敵モード”の皮を被っているに違いない。
——私はそんな彼女だからこそ、視えない心を通わせたいと思ったんだ。
「えぇ?綾崎先生を?いや、無いって。ナイナイ」
青鳴祭最終日から数えて三日目の昼休み。私は永島さんを誘い、青空廊下のベンチでパンを頬張っていた。
「ほ、ほんとに……?」
「だって先生だよ?恋愛対象にはならないって」
彼女は豪快に口を広げて、浅羽高校名物の“トライアングル”を頬張る。三角形に型どられた揚げパンにこし餡を挟んだ、女子から絶大の人気を誇っている菓子パンだ。
その見事な食べっぷりに、私も負けじとカツサンドを頬張る。なぜか対抗してしまうのは、永島友希の少女時代の淡い恋心を知っていたからかもしれない。……本人はこうして否定しているけれど。
「てゆーか、なんで急にそんなこと訊くの?遠山さんが好きだから?」
「ケホッ……」
オブラートというものを知らない彼女は、率直に突いて覗き込む。ただ、こういう面も同級生として憧れているところなので、ブレない彼女には降伏を許すばかり。無論、隠すつもりはなかったけれど、少しだけカツが喉に詰まった。
「うん……好き。私は、綾崎先生が好き」
素直に吐けば、背を擦ってくれていた彼女は「んん~!!!」と、トライアングルを咥えたまま目を見開く。綺麗な瞳が輝いて、一層眩しい。
「い、言わないでね、絶対」
「言わない言わない~!てゆーか何で?!いつから?!てゆーか、なんで私に……?!」
興奮気味の美人がパシパシと私の肩を叩く。他の生徒を気遣ってか声を潜めているつもりだろうけど、興奮が先走っている素直さは羽純を連想させた。
それにこの様子を見ると、彼女は幼い頃の恋心を引きずってはいなさそうだ。私は安堵の息を吐いて、彼女の瞳を見据えた。
「永島さんと……仲良くなりたいから」
「え?」
「仲良くなりたい人には、自分の好きなものとか人とか知ってもらいたいじゃん。繕わない、本当の私を知ってもらいたい……というか、」
さすがに烏滸がましいだろうか。ただ、あの教室に居合わせただけの同級生なのに、舞い上がりすぎてしまっただろうか——。
そう案じて、横目で恐る恐る永島さんを垣間見る。季節の変わり目を感じさせる、細く冷たい風が靡いて、彼女の綺麗な黒髪がサラリと攫われる。
そのなかで、大きな瞳が一点に私を捉えていた。
「ビックリ、した」
薄い桜色の唇が、ゆっくりと割られる。
「いま私、クラスでハブられてるの知ってるよね?今日誘ってくれたのだって、同情じゃないの?……だってさ、いま私と仲良くなったって良いことなんて——」
「良いことはあるよ」
存外ネガティブな永島さんは、遮った私に首を傾げる。早くも食べ終えたトライアングルの空き袋が、手元でクシャクシャに丸まっていた。
「良いことって?」
「私に友達が出来る」
自信を持って言い張ると、彼女は神妙な面持ちで再び首を傾げる。
「ええ……だから、なんで友達になりたいの?学祭の件でアンチばっかだし、ほら、百田さんたちにも目の敵にされてるしさぁ」
確かに今、佳子たちのグループを中心に、永島さんは女子からフルシカトを決め込まれている。話し掛けているのは私か、男子生徒くらいだ。
教室内では全く気にしていないような素振りで、授業も休み時間も過ごしている彼女だけど、全く気にならないわけがない。きっと、綾崎先生を庇ったときと同じように、彼女は“無敵モード”の皮を被っているに違いない。
——私はそんな彼女だからこそ、視えない心を通わせたいと思ったんだ。